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たま出産ドキュメント(6) ~寒い部屋と、冷たい娘~

命名


誕生初日は、ひたすら感動ばかりして過ぎていった。
突然にやってきたたまに、大の大人5人がかしずき、右往左往する。
動けない新米母のみが取り残され、じじばばばば、父は常に大忙しだ。
あまりにも何も準備されていない我が家。何が、どこにあるのか、誰も把握できていない状況で、家の主は寝たきりだ。
誰もができることをやろうと一生懸命だったし、また、小さいたまが動いたり、あくびをしたり、か細い声で泣いたりすると、それだけで拍手喝采の大騒ぎだった。

部屋の外の喧騒が、気にならないわけではなかった。
テキパキと動く義父母に、わたしのことを思いやりすぎて仕事がおぼつかない実母。
双方のペースの違いを、思いやって、気をもんだ。
夫はみんない気を使いながら、仕事をしつつ、わたしとたまのケアをしてくれた。
指示や疑問が部屋の外で行き交っている。それが気になってならなかった。わたしがやれば、すぐにできるのに。わたしがちゃんと準備できていれば、こんなにみんなを煩わせることもなかったのに。
わたしは寝たきりで、からだを起こすこともできず、寝返りもはばかられる状況で、娘のおむつ換えや授乳すらできない。
ただただ、小さな寝息をたてているたまを眺めては、「よく生まれてきたねえ」と感じ入るばかり。それも、真正面の顔を見られるわけではなく、横から見ることしかできない(動けないから)。
まだ乳も出なくて、夫が白湯を綿球に含ませて、たまに水分補給をしていた。
たまは夫の顔をじっと見つめ、チュパチュパと美味しそうに水を吸っていた。でも、これで足りているのか、心配だった。小さな体はそれほどたくさんの水を飲めないようだった。
だんだん、「早く起き上がりたい」という気持ちが強くなってきていた。
何もできない自分にいらだち、焦りが生じるようになっていた。

たまが生まれた次の日の夜には、わたしのイライラともどかしさはピークに達した。
たまは小さくて、用意していた肌着はすべてブカブカ。肌着の中で細い腕が泳ぐ。
おむつカバーもブカブカ。マジックテープがおなかの回りで交差する。
水通しすらできていない肌着を何枚か選んで重ね合わせ、着させるのだが、肌にフィットしないからか、たまは気持ち悪くて泣いていた。
肌着をうまく着させられない実母に対して、「不器用だ」とイライラし、その気持ちをあらわにしてしまった。そして泣いた。
骨盤はまだ揃わなかった。起き上がることができるのは、もう少し先のようだった。

たまの生誕から2日。初めての土曜日。
午前中に訪問検診のために来た助産師さんより、「体温が低いのが気になる……。湯たんぽなどで温めて」とアドバイスを受ける。
湯たんぽをセッティングし、部屋を暖めたところで、出産までの疲れがどっと出る。
よくよく考えてみると、1月21日未明からずっと、前駆陣痛、本番陣痛と出産、怒濤の産後……と続き、夫はその間ほとんど不眠不休状態、わたしも人生最大の大仕事に、疲れが出始めていた。
前夜、実母に八つ当たりしたおかげで精神状態もやや安定し(申し訳ない話だが)、落ち着いて体温を測り3回目の体温が揃い、正座をして骨盤を直した。一段落がついたのだ。明日朝には起き上がれる。
一度、誰にも患わされることなくゆっくり眠りたいと、夫もわたしも携帯電話の電源を切り、泥のように眠った。

起きて携帯電話の電源を入れると、純子先生から何度も着信がある。
何ごとだろうと思って折り返した。すると、すさまじい剣幕でまくし立てられた。衝撃が走った。
「生まれたての赤ちゃんの低体温は非常にまずいこと! とても心配です。湯たんぽだけじゃなくて、まどかさんがしっかり抱きしめて、人肌にふれて温めて! 大人が暑いと思って室温を下げるのではなくて、新生児に合わせて!」
……と。
たまの体温は、35.5度くらいだった。赤ちゃんの体温は36.5~37.5度くらいが平熱。脂肪が少ない低体重児は、特に気をつけて室温、湿度を管理しなければならない。
「暗いハワイ」が理想的。室温25~27度、湿度70%くらいを目標に、とのことだった。
わたしたちは「ちょっと暑いね」と、23度程度の室温にしていたのだ。この温度は、大人にとって快適な暖かさだった。

「ハワイ」にはオイルヒーターだけでは力不足だったので、エアコンを高い温度で設定し、加湿器をフル稼働させ、そのうえで毛布をかぶってたまを抱き寄せた。わたしは汗と涙でぐしゃぐしゃに濡れた。
わたしが無知だったために、小さなたまに寒い思いをさせてしまった。ごめんね。
昨日の夜はあんなに元気でかわいい表情を見せてくれたのに、今日はやたらと大人しい。心なしか顔も白い。もしかしたら、危険信号なのか……???
不安にかられた。そして、激しく緊張した。
この日、山形から実父がたまに会うために日帰りでやってきたが、わたしたちはたまの体温を上げるために必死で、実父は5分も面会ができなかった。
「今はそれどころじゃない! あっちに行っていて」と邪険にしてしまったが、わたしたちは、娘の一大事をどうにか乗り越えなければならなかったのだ。

純子先生の電話から3時間後、たまの体温が上がった。37度を超して、ふにゃふにゃ泣く。そして、綿球からゴクゴク水を飲んだ。
……大丈夫だ! 
夫と二人、不安と緊張の汗と涙が、安堵の涙に変わった。

夜中になってようやく、水だけでなく、初乳を綿球から飲むようになった。
たまの目に、少しずつ力が入るようになってきた。
夫と、ほっとため息をついた。
そして、ようやく、たまの名前を決めようということになった。
それまで、胎児名の「ミジンコ」と呼んでいたのだ。

それぞれが考えていた候補の名前を、互いに知らせずに紙に書き出す。
一致していたものがあればそれに決定しよう、ということにしたら、お互いの第一候補の名前が一致した。
それが、「たまき」だ。
わたしの名「まどか」に通じる名前。ひらがな3文字。
まどかは、「円」という意味だ。まるい。まろやか。
たまきは「環」という意味だ。まるい。循環。環境。
大きな環の一部として生きる。まあるく生きる。そんな願いが込められている。


わたしたちは最初は気恥ずかしく、娘の名前を呼んだ。「たま」と。
それから、うれしくなって、何度も何度も「たまちゃん」と呼んだ。
わたしたちの娘に名前がついて、「たま」の人生が始まった。

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プロフィール

キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)

Author:キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)
団地暮らしと酵母生活の達人目指す、フリーのライター・編集者。仕事は、生きることそのもの。水環境ジャーナリストを師匠に、鬼校閲者を友に、チーム仕事も繁盛中でございます。
ウエダ家とともにCOBOの普及活動に勤しむ、日本初のCOBOライターでもあります。
得意分野は、食環境、住環境、地球環境。地球温暖化や食の安全・安心、エコハウス関連の仕事が多い今日このごろ。仕事の内容についてはカテゴリ【work】をご参照ください。
夫と愉快な仲間たちがやっているNPO法人【Waveよこはま】のブログにてエココラムを執筆中。
このブログはのんびり気ままに更新中。

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野生の菌とともにある暮らしを見つめ、「発酵」を身近にすることでいのちの循環を感じる「酵母生活」を提案するウエダ家。本の執筆や編集をともに行うなかで、日本の食卓をクリエイティブにする楽しさ、可能性に夢中で活動しています。
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☆キタハラ、2009年1月に出産いたしました☆ニンプ日記は未完のまま産後生活に突入。ぼちぼち、育児日記出産ドキュメント布おむつ生活産後の体のこと姿勢のことなどを書きつづっています。
相変わらず時系列はぐちゃぐちゃ。しかし、テーマごとに思考を詰め、まとめる作業は苦しくも、おもしろくあります。気長に見守っていてください。
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