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いのちの循環

たまがおばあちゃんとクロスするのはいつだろう、と、山形の家族と、会うたびに話題になっていた。
たぶん、それが今回だったのだと思う。
それほど祖母の衰弱は顕著だった。

今回、たまとおばあちゃんは、言葉の神様のもとで交錯し、新しいステージを歩み始めた。

もう一つ、たまとおばあちゃんが同じだったこと。
ごはんの食べかただ。

おばあちゃんは、食卓をみんなで囲みこそすれど、今まで通り、いろんなものをバランスよく食べることができなくなっていた。
というか、ほとんど食べないのに驚いた。
誰かが皿におかずを置いて、気が向けば箸をたぐり寄せ、少し、口をつける程度。
母がのりでごはんを巻いて持たせると、ちょっと食べる。

まさにたまも同じ。
食欲がない時でも、海苔でごはんを巻けば、つかんで食べる。

そんなところまで同じだなんて。



そんな日々の食事をつくりながら、母は、どんな思いでいるのだろう。
一方で、毎日成長し、元気に食べ(時には熱を出して食べないこともある)、大きくなっているたま。
母がたまのために描いているたまごはんが母の支えになっていることは、想像に難くない。
母と私の共同作業でもある、たまごはん。
伝えたい食、大切にしたい食。
1月以降、ともかく忙しくて忙しくて、母が描いて送ってくれているたまごはんを、更新できずにいた。
ごめんね。


3月。
牛乳のことがきっかけで我が家の食についてあれこれ悩み、一つの解決をみた。
その礎はわたしの育った食事である、ということだ。
それは、「たまごはん」。
迷いは、もうない(はず)。

たまごはん」のファンも多い。
生活の建て直し、仕事の建て直しとともに、たまごはんも再開していくつもり。
たまっている絵も、写真も、文章も、お楽しみに。


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★たまばあちゃん、たま母ちゃん、たまの3代にわたる離乳食日記「たまごはん」★

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言葉の神様が降ってきた。


山形で祖母の米寿の祝いをした。
祖母はここ10年ほど、認知症の症状がみられるようになってきた。
ここ2~3年の進行具合は著しく、この1年でわたしや妹の名前を思い出せないほどになった。
意味のある、言葉でのコミュニケーションは、今では困難だ。
起きていても、半分、彼岸に行っているような状態で(コックリコックリうつむいて)、呼びかけると目を開けて、時々此岸に戻る、というのを繰り返している。

そんなばあちゃんが、たまを見ると、「めんご、めんご」「こりゃ、こりゃ」と言って、目を輝かせる。
ぱっと表情が華やぎ、いつものおばあちゃんからすると、うそのように元気を取り戻す。

たまがひいばあちゃんと書道をして楽しんだその日(わたしはノロ疑惑で悶絶中)、夜中にたまは活性化し、おしゃべりを始めた。
「てったーい」「たった」くらいしか話ができないたまが、「ほりゃるえいりょけよぎろいうてらり」などと、いつもとは明らかに違う、新しい言葉を話そうとしている。
2時間くらい、ぺらぺらとしゃべるしゃべるしゃべる。
病で倒れる母、一日中たまの相手&夜は従兄弟との飲み会で疲れた父の睡眠を妨害し、そのうえ枕元においていたペットボトルの水(わたしの水分補給用)のキャップを自分でひねり、散水するというオチもつき、何か、乗り移ったかのように元気だったたまさん。
翌朝、「たまに、言葉の神様が降りてきたのかね」などと、夫としゃべっていた。


米寿の会の席で、叔父から驚くべき話を聞いた。

祖母も同じくらいの時間にむっくりと起き上がり、ずっとぺらぺらしゃべっていたそうだ。


たまは、ばあちゃんと交信していたんだ。


ばあちゃんは言葉を天に返し、たまは天から言葉を与えられる。
ばあちゃんの言葉が理解できなくなるにつれ、悲しくなっていたけれども、そのぶん、たまが言葉を得ていく。
ばあちゃんの美しい言葉遣いを、たまが受け継いでくれるんだよ、お母さん。


ゆっくり、時間をかけ、老いて、幼くなっていくおばあちゃん。
ゆっくり、時間をかけ、見送るわたしたち。
でも、ここに幼子があるから、希望をもってその時を迎えことができるのだろうか。
ばあちゃんの命は、ここにつながっているのだから。


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ノロ疑惑

この週末は、山形のおばあちゃんの米寿を祝うために帰省していた。
金曜日、山形に着き、おばあちゃんの家で夕ごはんを食べ終えたころ、なんだか胸がむかついてきた。
実は、水曜日の夜くらいから、妙に疲れを覚え、夜は使いものにならない日が続いていた。
そして翌朝には、猛烈な吐き気と下痢、悪寒、頭痛で、のたうち回ることになる。
「ノロウィルスではないか」と、家族がいう。
夫と妹にたまを託し、わたしはひたすら布団とトイレを往復する。

1月から続く、壮絶な日々。通常業務に加えNPO活動が割り込んできたため、明らかにキャパシティオーバーになっていたのだ。
仕事上での細かいミスや取りこぼしも出始め、仕事部屋も資料の山で埋もれるようになり、そろそろ本気で建て直しをはからなければならない。そう思っていた矢先のこと。
山形にも仕事の資料を持ち込み、寝ていながらも頭の中に次々と浮かぶTODOリスト。
容赦なく舞い込む仕事のメール(こんな時、iPhoneをいじってはいけない)。
うつらうつら夢を見れば、仕事で会うあの人この人の顔が登場し、はっと目が覚める。

しかし、そんな状態も、これほどまで体調が悪ければ、どうしようもない。
「治らなければ、できないよ」
そう腹をくくり、ひたすら寝ることに注力する。
金曜日の夜から、日曜日の朝まで、約36時間。おばあちゃんに会いに行った2時間、どうしてもやらなければならなかった仕事の2時間をのぞいては、ひたすら体を横たえていた。

日曜日には、何事もなかったかのように体は回復し、無事に家族、親戚一同と卓を囲み、祖母の米寿を祝うことができた。
大好きな山形で、街を歩くこともできずただ寝ていたのは残念だったが、本懐は果たすことができたし、なによりもこのノロ疑惑はわたしにとって必要なことだったのだろう。

あまりにも、ため込みすぎて。
あまりにも、無理しすぎていて。
あまりにも、請け負いすぎて。

いつも、しかるべき時に、体が教えてくれる。
そして、休ませてくれるんだ。

最近、その役割をもっぱら請け負っていてくれていたのが、たまさんだ。
彼女が熱を出すことで、仕事をストップして一緒に遊ぶ。それによって、どれだけ調整がはかれていたことか。
でも、今回は、わたしの体が反応した。
強制終了のボタンが押された、ということだ。

文字通り、体の中からいろんな「毒」が排出された。
だから、日曜日には非常にすっきり、クリアになった。
食事に対する葛藤に対する答えも、見えてきたような気がして。

我慢して→ストレスがたまって→食べて→自己嫌悪

このスパイラルも、脱することができそうな、予感。


ノロさんよ、ありがとうよ。


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3/25 春の薬膳。木の芽時。

3月25日の薬膳教室心味のテーマは「春の薬膳」。
春は「木の芽時」といって、春の陽気とともに木々が芽吹いてくるのと同じように、人間の気持ちも上がりやすい季節。
そのため、情緒不安定やのぼせ、イライラなどが起こりやすくなるという。

春という季節に対応する臓器が「肝」。
(肝といっても、中医学では肝臓のことだけを指すのではない。筋肉、目、情緒などを含む)
陽気が上がってくると肝が影響を受けやすいので、それがイライラや情緒不安定の原因になる。春はつとめてリラックスするとよいそうだ。

春はただでさえテンションが上がって、感情をコントロールするのが大変。
それが「自分が弱いから」というだけではなく、中医学的に意味があるということがわかると、気持ちがほっとする。
「ああ、誰だってそうなんだ」と思えば、少しは気が楽になろうものだ。

100325薬膳料理

この日いただいたお食事は、
・貝と野菜のスープパスタ
・セリ入り厚揚げ
・菊花と春菊のサラダ

気持ちを穏やかにするセロリや、安眠効果のある玉ねぎ、高ぶった気分を鎮める春菊や目によい菊花を食べていると、自然に気持ちがすーっと落ち着いてくるから不思議だ。

もちろん、食材のもつ薬効もあるだろうが、「これを食べることで元気になれる」と思っていただくのとでは、体と心に及ぼす作用はずいぶん変わってくるだろう。


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光る原石と出会う。

小さな書道家
(ここにも「光る原石」がいた! 未来の書道家? いやあ、母ちゃんは音楽家だと思うけどな~)


森ノオトを始めてからというもの、ともかく出会いの幅が広く、深くなっている。
この日お会いしたのは、* nako *さんという、デビューしたての料理家の方。
マクロビオティックをベースとした自然食、天然酵母パン、お漬け物や保存食等の講習をこの近隣で行っている。
若く、聡明で、美しく、オーラがある。
自分を積極的に売り込むガッツがある。
労をいとわず、まずはボランティアからでも、つながりがもてそうなところには飛び込んでいく。
こういう人は、必ず伸びる。
いつか大きなメディアで羽ばたく彼女をみた時に、彼女が輝く原石だったころを知る一人として、「編集者」の醍醐味を味わうことになるだろう。
そう期待させてくれる人。


わたしが考える「スター」の条件。

まず、その人の存在自体に、時代的要請があること。
つまり、やろうとしていることが、今という時代が求めているニーズを満たすこと。
社会に存在する課題を解決する提案ができるかどうか。
(たとえば* nako *さんであれば、子どものアレルギー等で悩んでいるお母さんの抱える不安を解決するような食生活を提案するということ)
実現したい先のビジョンが明確に見えているかどうか。
(子どもに安心して与えられる食事づくりを、地域のみんなが一緒に考え、交流しながら、クリエイトしていく社会、ということかな)
オリジナリティを追求し、さらに、それがニッチであること。
(食の安全と地域性を結びつける、という観点は、少なくとも今はまだニッチ)
先駆者でなければ、ブレイクはしても亜流になってしまう。後追い、二番煎じでは、飽きられるのは早い。
(マクロビオティックを教えています、だけでは、今や珍しくも何ともない)

そして本人が「無私無欲」であること。
社会に対して積極的に自分を投資、あるいは奉仕した先に、大きなリターンがくる、そんな動き方ができること。
もちろんそれがビジネスとして成り立たなければ机上の空論になってしまう。人は最低限、食べていかなければならない。
「認められたい」という思いは誰もが持つものだろうし、それが大きなモチベーションになるのは否定しない。ただ、それを大人のたしなみとして上手にくるみ、自らをプロデュースしていく力も必要。

そして、いったんブレイクしたとしても、引き潮がくるのは早い。
残り続けるためには、しっかりとした核、軸、つまりやっていることへの信念が揺るぎなく、一生それに添い遂げるだけの覚悟も求められるわけで。
だから、どれだけ土壌づくりが大切なことか。

一度名を出し、世に出て、動いてしまったら、引くことができなくなる。発された言葉には責任が生じるし、一人歩きすることもある。それらをすべて引き受ける覚悟も求められる。
何とも厳しい世界だ。
でもそれは、あらゆる企業も同じだし(企業の社会的責任)、もちろん、NPOも、自主活動だって。

そういう意味では、森ノオトを立ち上げた以上、わたしも後戻りできないところまできてしまったということ。
仲間内にだけ好きなことを書いていたmixiから、ブログに軸足を移したのも、自分自身に対する負荷をあげている。
何でこんなに自分に対するハードルをあげたのか、とも思うけれども、やっぱり、「社会に対する影響力を少しでも持っていたい」という、自己実現欲求の現れなのかもしれない。
自己実現=社会実現、に近い。

* nako *さんのような方との出会いが、日々、奇跡的に起こっている。
励ましあいながら前に進んでいける仲間ができていることは、何とも力強いことだ。

(以前書いた、野菜スイーツの柿沢安耶さんの記事もご参照ください)




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てーげーな食卓目指して

牛乳の件に関して、夫とも、よく話し合った。

我が家では、わたしが突っ走って、夫はそれにつきあわされる、ということが多い。
マクロビオティックに関しても、よくつきあってくれたと思う。
平日のおうちごはんは、ほぼベジ仕様。時々干物。
文句も言わず、日々の野菜ごはんを、「ん、うまいうまい」「これはいまいち」などと言いながら、楽しんで食べてくれている。
玄米に関しては、食べるなら朝のみで、炊き立ての白米が大好き。わたしは、玄米も、白米も好きなので、どっちも食べる。

夫は、「マクロビオティックは間違っているとは思わない。ただ、気をつけたいのは、それだけが正しいと思ってほかの考え方を否定したり、ほかが見えなくなること」というスタンス。
まったくその通りだ。

マクロビオティックを実践していて、時々、こわくなる時があるのは、
・これを食べたら体調が悪くなるんじゃないか/子どもがきれやすくなるんじゃないか/毒を取り入れることになるんじゃないか
という考え方に陥ってしまう時。
「よしとされているもの」以外を「悪/毒」と構造化する論調は、実はマクロビオティックの本質とは一線を画しているのだが。どうもそれを煽る傾向があるのは事実だ。ちょっと冷静に、距離を置いて見つめれば、すぐに浮き彫りになってくる。
おそらく、それにすがるような思いで真剣に実践している人たち。誰だって、悪気はないわけだけれども……。そして、自分がその一部になっていたことが、とてもとても、よくわかった。
自分なりの正解を見つけられないから、そうなってしまうのだ。


一つ、話はそれるが、夫の実家では特に食材や調味料の安全性にこだわっているわけではない。
でも、義父母はいつも笑顔でおいしく楽しく食べているし、日頃から積極的に運動をしているから、とても健康だ。
食材の安全性や、自然派であることにこだわりすぎるあまりに、楽しむゆとりをなくしたり、他を排斥するような視点に陥りながら食べることは、いくら食材が安全なものでも、健康になれるかどうかというと、それは疑問だ。


「てーげー主義」という言葉がある。
沖縄の言葉で、「いい加減」「楽観的」という意味で、堅苦しく考えず、楽しく、おいしく過ごしていこうよ、そんな「てーげー」な食卓にできればいい。
(ちなみに今、Twitter上では「てげ!」という文句が流行って?いる。宮崎県の東国原知事が多用している。宮崎弁で「とっても」という意味らしい)


ま、わたしは怠け者なので、ちょっとくらいしばりがないと、どんどん易きに流れてしまうので、「野菜だけ」「自然食」くらいのルールはつくっておいたほうがよいけれど。。
「てーげー」のテンポを入れつつ。


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牛乳に対する一つの答え

牛乳に関する個人的見解、エントリーは、一度ここでまとめたいと思う。

保育園では、今は、よけいな抵抗をしないことにした。
残念ではある。が、たまがアレルギーでない以上、「個人的なわがまま/社会的ニーズ」の隙間を埋めるだけの根拠を出すには、まだまだ論がとぼしいと結論したからだ。

また、牛乳のみを諸悪の根元の一つと取り上げることに、少し疲れたというのもある。
というのも、牛乳で取り上げる問題点は、今あるすべての食べ物に共通することであり、牛乳だけで解決しうる問題でもないと考えるから。
遺伝子組み換え飼料、農薬、食品添加物、等、あらゆる食の安全を追求しようと思ったら、今の日本では外食もできないし、「フツーの」保育園、小学校、中学校に通わせることは不可能だ。
それに我慢ならぬのなら、やはり、子どもが小さいうちは、自分の手のみで育てるか、お弁当を持たせるという選択をするほかない。
でもそれをしたくない(現実的にしたくてもできない、しないという選択をした)という以上、どこかで妥協する、いや、折衷するということもやむなし、という判断だ。

で、わたしは牛乳自体を否定しているのか、と問われれば、決してそういうわけではない。
前にも書いたように、「非遺伝子作物飼料で、抗生物質不使用、健康な環境で育った畜産物は、頻繁でなく嗜好品としておいしく、ありがたくいただきたい」と考えている。
この条件を満たす畜産物は、決して安くはない。卵ならば6個で300円以上するし、牛乳は900mlで300円程度。牛肉なら100g1000円が相場だ。
そうしょっちゅう食べられるものではないので、自ずと食卓への登場頻度は下がる。
そのくらいの接種バランスでいいのだと思う。


保育園で飲む牛乳は、残念ながら、わたしが求める牛乳ではない。
でも、みんなでワイワイ言いながら食べるごはんは、少なくともたまにとっては、楽しいようなのだ。
彼女は負けず嫌いなのか、家では残したりこぼしたりするごはんも、保育園では毎食、ほぼ完食しているのだという。
親がその食事に対して「イヤだなあ」というマイナスの感情を持ってしまうことは、彼女自身が取り込むエネルギーをマイナスにしてしまうのではないか?
それよりも、「楽しくおいしいごはんをありがとう」という気持ちで送り出して、迎えにいく時に笑顔でだっこすることに力を注ぐほうが、よっぽど、双方にとってよいのではないか?

家庭では、母親の責任の範囲内で、吟味した食材を調理し、与える。
それだけではダメだというのなら、わたしは働くことを諦めなければならない。
でも、そうはしたくないので、「妥協」もやむなし、ということだ。


保育園に対しては、少しずつ、働きかけていくことは、続けていくと思う。
牛乳をやめろ、ということではなく、少しずつ、食材や調味料の安全性や、畜産品の飼料のことなどを含め、子どもの食の未来をともに考えていこう、というスタンスで、少しずつ底辺を広げていくという意味で、だ。
マクロビオティック的考え方は、まだまだ少数であり、それだけが真理であるとは言い切れない面もある。
もっとスタンダードな面での、切り口、という意味で。
「我が子」一人のことでなく、「みんな」にとってよいことを、ちょっとでも広げていきたい。それが、わたしの仕事なのだから。


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閑話休題。たま1歳2カ月。

最近、牛乳論ばかりなので、今日はちょっとお休み。

本日、たまちゃん1歳2カ月になりました~。

3連休の初日は、母ちゃんはあらゆる仕事を投げ打って、家族水入らずで過ごすことに専念した。
特に目的も決めず、でも温かく天気がよかったので、江ノ島へ行くことに。
何となくの流れで、しらすで有名な「とびっちょ」へ。ひたすら並ぶ。順番待ちの間、江ノ島の住宅街(路地)をうろつく。たまちゃん、ずーーーっと歩く。
本当に歩くのが大好きみたい。
よちよち、てとてと。
転んでも泣かずにすっくと立ち上がり、またトコトコ。
本当に根性あるなあ。誰に似たんだろう。

しらすでお腹がいっぱいになった後は、砂浜を歩く。ちょうど潮が引いていた時だったので、江ノ島から藤沢側まで、橋ではなく海を渡ることに。
ここでもおたまさん、ほぼすべてを自力で歩き切ったよ……。
どんだけ根性あるんじゃー。

というわけで、たまさんの近況。

・スプーンを使えるようになってきた。
当然、こぼしまくるけど。スプーンの上下が逆だったりするけど。
でも、「自分で食べたい!」の意欲がわき、道具を使いたがる。

・洋服を自分で着たがる。
基本的には、まだ自分で洋服を着ることはできない。
父ちゃん母ちゃんの着せ替え人形。
しかし、時々、靴下を両手で持って頭の上からかぶろうとする。
靴下だけじゃなく、父ちゃんのベストの肩部分から頭を通したり、歩きながらブランケットをマントのようにかぶったりと、「自分で着たい!」という意欲を見せる。

・歯を磨いてくれようとする。
歯みがきは嫌い。母ちゃんに固定されて自由を奪われるから。
でも、父ちゃん母ちゃんが歯みがきをしていたら、たまも自分でしたくなる。
そのうち、父ちゃん母ちゃんの歯ブラシをつかみ、自分の口に入れようとする。
頼むからそれだけはやめてくれ……(虫歯になっちゃうyo)。

・相手の手をつかみ、モノを渡す。
「ハイッ!」とすこぶるよいお返事とともに、自分の持っているおもちゃを手渡してくれる。
本気の時は、父ちゃん母ちゃんの手をむんずとつかみ、おもちゃを握らせる。

・母ちゃんの眼鏡をはずす。
そして自分の顔にかけようとする(目がクラクラするよ~)。
マネしたら、また母ちゃんの顔に戻す。でも、上下が逆だったりすることもしばしば(かわいい)。

・台所の引き出しを開け、中のカトラリーをポイポイ投げる。
ただ散らかすだけだったのが、ざるを渡して「ここに入れてね」と言うと、床に落としたカトラリーをざるに入れる。
そこで母ちゃんがざるから引き出しにカトラリーを戻す見本を示すと、同じように真似して片付けてくれる。

・犬を見て「ワンワ」。
今日、犬を見て大喜び! トテトテ歩いて近づき、「ワンワ」と言って頭をなでる。
犬になめられてうれしそう。たま、犬好きかー。

・「てったーい」という言葉がなぜかお気に入り。
機嫌がいいと、「てったーい」と言う。1時間くらい言い続けている(笑)。


ともかく、知恵がついていることに感心しきり。
言葉や行動や仕草や動作が伴うと、ますます可愛くなるとは聞いていたが、本当に可愛い。
日々、「今日がいちばん可愛い!」と感じる。
友人が「この魔法はずーっと解けることがないのよ」と言っていたが。
それって、本当に幸せなことだと思う。


明日もいい「てったーい」が聞けるかな。




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日本の酪農が直面している課題

・1kgの肉、卵、乳を得るためにどのくらいのエサ(飼料)が必要なのかという指標に、「飼料要求率」というものがある。
乳牛の場合、1kgの牛乳を得るためには7kg近いエサが必要になり、日本はそのエサのほとんどを海外からの輸入に依存している。
2008年度の飼料自給率はわずかに28%で、特にトウモロコシや大豆カスなどの濃厚飼料に至ってはほぼすべてが輸入品だ。

・乳牛に使われる濃厚飼料であるトウモロコシは、9割以上をアメリカから輸入しているが、そのほとんどが遺伝子組み換え作物。大豆カスはアメリカ、中国が主な輸出国で、アメリカ産はほぼ遺伝子組み換え(中国産は非遺伝子組み換え)。
遺伝子組み換え作物については人体への健康影響がはっきりしていないため、食品からの摂取に関しては消費者側の抵抗が強いのだが、飼料となるとほぼノーマークで食物連鎖の高次的な摂取をしていることになりる。
ただし、一部の生協や食品の宅配会社では、非遺伝子組み換え飼料にこだわった畜産、酪農を展開している(その分、価格は高くなる)。

・少ないエサと空間でたくさんの牛乳を搾るといった効率化経営のため、ストレスフルな環境で過ごす乳牛が多く、病気を防ぐための抗生剤の摂取、投薬等の管理の問題が取りざたされている。
開放牧舎で粗飼料、あるいは牧草を食べて育っている乳牛は、酪農家の目が行き届くため、原乳の細菌数も少なく、少量生産だが乳製品の品質がよく美味しい傾向にある。

・実は一般市場でも牛乳の消費量が減り、畜産飼料の高騰のあおりを受けたこともあって、畜産農家は苦境に立たされている。
誠実な畜産農家を支援する社会的仕組みが必要であることも痛感している。

いわゆる市販の超高温殺菌牛乳について

・牛乳の殺菌方法は、主に以下の3つがある。
 低温殺菌 65℃程度で約30分
 高温殺菌 75℃程度で約15分(高温短時間殺菌の場合15秒、高温保持殺菌法の場合15分以上)
 超高温殺菌 120~130℃で2~3秒
(稀に140℃以上での殺菌牛乳もある)
 日本の場合は、9割以上が超高温殺菌です。

しかし、超高温殺菌の問題点は、
・本来牛乳が持つたんぱく質が熱変成する
・ビタミン類の破壊
・熱によってカルシウムが不溶性に変質するため、体内で吸収されにくくなる
となり、牛乳が本来もつ「栄養食品」としての特性が下がっている。

・殺菌温度が高いほど、味が濃厚と感じられる場合がある。
これは、実は高温殺菌時の「焦げ臭」が原因で、低温殺菌ほどさらりとした淡白な味わい(意外と感じる人も多いだろう)。

・牛乳は本来、軽い脂肪分は浮き上がり、重い成分は底に沈んでいくという性質がある。
それを避けるために脂肪など粒子の大きなものを細かく砕く処理を行うのが均質化(ホモジナイズド)で、消化吸収を助ける作用があると言われている。
ただし、牛乳本来の風味が失われるため、逆に脂肪分(クリーム)が浮いて来るようなノンホモ牛乳の方が本来の姿ではないか。

・搾りたての生乳に含まれる細菌の数は、国の基準では400万個/ml以下、殺菌後は5万個/ml以下になるよう定められている。
酪農家の努力によって、生乳の総菌数を3万個/ml以下に抑えることもでき、そのためには牛の乳房の清潔を保つための清拭や、牛舎の清掃、牛がストレスを感じない過ごし方等が求められる(生活クラブ生協の牛乳など)。
このように、良好な環境でつくられた牛乳は、低温殺菌でも細菌の数が抑えられ、牛乳本来の栄養と風味が味わえる。

以上のことから、牛乳を飲むのならば、ノンホモの低温殺菌牛乳、と考えている。



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プロフィール

キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)

Author:キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)
団地暮らしと酵母生活の達人目指す、フリーのライター・編集者。仕事は、生きることそのもの。水環境ジャーナリストを師匠に、鬼校閲者を友に、チーム仕事も繁盛中でございます。
ウエダ家とともにCOBOの普及活動に勤しむ、日本初のCOBOライターでもあります。
得意分野は、食環境、住環境、地球環境。地球温暖化や食の安全・安心、エコハウス関連の仕事が多い今日このごろ。仕事の内容についてはカテゴリ【work】をご参照ください。
夫と愉快な仲間たちがやっているNPO法人【Waveよこはま】のブログにてエココラムを執筆中。
このブログはのんびり気ままに更新中。

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お知らせ
新ブログ「たまごはん」スタート! たまばあちゃんのイラスト入りレシピをたま母ちゃんが料理し、たまが食べる。母娘孫と3代に渡る食を紹介します。

☆キタハラ、2009年1月に出産いたしました☆ニンプ日記は未完のまま産後生活に突入。ぼちぼち、育児日記出産ドキュメント布おむつ生活産後の体のこと姿勢のことなどを書きつづっています。
相変わらず時系列はぐちゃぐちゃ。しかし、テーマごとに思考を詰め、まとめる作業は苦しくも、おもしろくあります。気長に見守っていてください。
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