FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

初発熱!!

レタス姫
(レタスをかぶったたま。熱を出しているのにかわいい……)

この一週間は、怒濤の一週間だった。

先週の土曜日、たま、初発熱。
先週は一週間ずっと低空飛行で、37度超くらいの微熱が続いていた。
それでも一応元気ではあったので、毎日保育園に通い、帰宅後は家で母ちゃんと遊び、いつも通りおっぱいを飲んでねんねして、夜中の授乳一回で朝までぐっすり……を繰り返す日々。
その静寂が打ち破られたのは、土曜日未明のこと。
いつもは起きない夜中3時に泣き始め、おっぱいを飲ませると、口が熱い!!

これが噂の、「乳首サーモメーター」なのか、と思った。
微熱くらいでは反応しないのだが、明らかに発熱するとおっぱいの時にわかる、というものだ。

熱を計ってみると、37.8度。あちゃー。37.5度は今まで超えたことのないライン。明らかに風邪だ。
ただし、本人はいたって元気。おむつを換えるために転がすと、うんしょ、うんしょと寝返りの練習まで始めやがる。
わたしは、病院にいく基準として、
・38.5度近くまで熱が上がる
・明らかにぐったりしている
・異様な吐き方や、けいれんなどが起こる
と考えており、それには至らないので、とりあえず、その日は様子を見ることにした。

この日はあらゆることを投げ捨て、ひたすら、たまと一緒にいることに専念した。
細かく様子を観察するのだ。
朝、助産院に電話して相談し、第一大根湯(大根おろし、生姜すりおろし、醤油を混ぜたものに、熱い番茶を注ぐ)を飲んで、おっぱいを与えて様子を見て、とのこと。無理に熱を抑えるのではなく、出し切ってあげること、とアドバイスを受けた。
熱がある時は水分補給がいちばん、とばかりに、ちょっとでもおっぱいを要求するそぶりがあれば、乳首をくわえさせた。ゴクゴクと飲む時もあれば、片一方だけで満足したり、遊び飲みで終わったり、いろいろだったけど、ここ最近1日5回程度だった授乳は、新生児期並みの8回に増えてしまった。
おっぱいを飲ませた後の手足や首の熱は一時的に下がり、ちょっと気持ちよさそうだった。

熱はずっと38度のちょっと手前で、でも手足口は熱く、経過観察を続けていましたが、17時半、ついに38.1度まで上がってしまった。
んー、どうしようかな、病院に行こうかなと思ったけれど、それこそ元気よく手足を動かして、ご機嫌におしゃべりしているので、もう少し待つことに。
上がりきったかな、と判断し、次は熱を下げる方向で、レタス枕をつくった。
発熱時にはキャベツなどの青菜を頭にかぶせると吸熱してくれる、というもので、3月末にわたしが発熱した際も、おっぱいと頭にキャベツをかぶせて、ひと晩で熱が下がったという、すぐれた民間療法だ。
たまはさっそくレタス姫にされてしまった。それはそれでまたかわいかった。

で、最初に発熱してから24時間後、授乳を終えた時に、すーっと熱が引いていくのがわかった。
熱を計ったら37.2度。これは平熱の範囲。ああ、たまは自分で乗り越えたんだなあ、と安堵した。
朝には36度台にまで下がり、すっかり元気になった。用心して日曜日も外に出ず、家でのんびり過ごした。
おかげで今週はぶり返すこともなく、毎日元気で保育園に通うことができた。
(ただし、鼻水がすごい……。鼻が詰まっているから目やにも出て、それはそれで心配だけれども)


今回は民間療法を駆使して乗り切ったけど、こういった知恵は覚えておくと本当に楽!! まさに台所が薬箱、だ。
あと、ホメオパシーもすごく役立った。わたしの場合はセルフケア程度の知識しかないけれど(でも、LCCHの通信講座は修了しています)、「子どもの様子から、適切なレメディを探す」という行為は、密な観察とコミュニケーションがなければ成り立たない。
本格的な体質改善等は、やはりプロであるホメオパスの力が必要。セルフケアとして使いこなすにも、結構勉強は必要だと思うけれども、薬に頼りたくなくて勉強が好きな人は、ぜひ覚えておくといいと思う療法だ。

その後、日曜日にはわたしが発熱して38.6度まで上がったけれども、同じようにキャベツ療法と第一大根湯、りんごのくず煮、ホメオパシーでひと晩で回復。
木曜日には夫が39.0度まで熱を出したけれども、やはりひと晩で熱が下がった(夫も今回は珍しく市販薬を飲まず、第一大根湯、ホメオパシーを飲用)。

まあ、まだ風邪の残り香があるキタハラ家ではあるが(というか、父母には結構しつこく残っている)、そんなわけで、仕事にも支障を来すことなく、たまの初発熱物語は無事終了~。

今回、夫の一言がよかった。
「たま~、自分の風邪を自分で治す力を身につけるんだよ。父ちゃんみたいに、カコナールを栄養ドリンク代わりに飲むんじゃだめだよ」
確かに、小さな体で熱と闘っている姿は、何とも言えないものがあったけれども、一つひとつ、親子で乗り越えていく実感は、ある意味楽しくもあり、よい経験だったと言える。
たまの初発熱が、夫と一緒の日だったのも、これ幸いだった。

でもあせるねー。土日でよかったよ。
保育園に通う限り、これからこういうことが何度も起きるだろうとは思うけれども、むやみに焦らず、騒がず、しっかり観察して、判断する(病院に委ねるべきところは委ねる)ことが大切だなあと、改めて思った。

あと、仕事のセーフティネットは絶対必要!
玄米菜食ベビーは風邪引かない! と過信してはいけません(笑)。
少なくとも取材を入れる日は、海老名のおばあちゃんのスケジュールを確保しておこうっと。


スポンサーサイト

我が家は病院であり、寝室は保育器である。

匙屋の匙
(匙屋の匙をプレゼントした。すぐにぎゅっと握った)

我が家は病院であり、寝室は保育器である。

この言葉は、自宅出産直後の家に訪れる誰もに覚えておいてもらいたいことである。

自宅で産むと、ひょっとするとそのまま日常が流れてしまう。
お産という究極の非日常を、日常の空間で行うからだ。
もし、産後すぐに立ち上がれば、自分で自分の食べるごはんをつくったり、赤ちゃんのおむつを洗ったりすることもあるだろう。
さすがにそれは無理でも、来客があったら笑顔で応対し、あれやこれやと気を使ったり、お茶を出したりすることもある。

幸い、バースハーモニーのお産では、骨盤直しのために産後、産婦は数日間寝たきりの生活を送らなければならない。
また、「産後6週間は家事もせず、ゆっくりとからだを回復させること」と厳しく言い含められ、炊事洗濯掃除外出、あらゆる雑用は誰かに委ねることが求められる。
しかし、聞くところによると、そこまで徹底するところはごく少数らしい。
病院でお産をした友人は、産んでしばらくしたら自分の足で立って歩き、病室と新生児室を往復するのだそうな。食事だって食堂でするんだそうな。そして、1週間経って退院したら、家事と育児が押し寄せてくる。タフだ~。。

しかし、産後のからだは、思った以上に疲弊しきっている。
骨盤が最大に開き、また収縮している。ものすごい運動をした後なのだ。
「大きな手術をした直後の重病人」と、わたしの母は表現したが、それは正しいと思う。
そのくらいのていねいな扱いを受けなければ、更年期になってガタが出てくる、という話も聞く。

そもそも、赤ちゃんは臨月までずっと暗くて温かで静かな空間の中にいた。
それがいきなり、明るいこの世界にやってきたのだ。夜になれば冷えて、日中は暖かい。温度変化があり、また、誰かがしゃべったり、風が吹いたり、ドアが開いたり閉まったりする、刺激的な音に囲まれている。
なるべく静かに、暗く、暖かく一定な環境をつくり出し、徐々にこの世界に慣れさせてやらねばならない。
それは、自宅だろうが、病院だろうが、同じことだ。

「自宅退院」という言葉は、自宅出産をした人が、そろそろ寝室から這い出てきてもいいよ、という合図でもある。だいたい産後5日目くらい。
それまでは、自宅は病院であり、寝室は病室なのだ。
自宅の玄関は、病院の入り口。廊下は、病院の廊下。リビングはさしずめ待合室、といったところだろうか。
そこで求められる行動は、自ずと決まってくる。
大声でおしゃべりしたり、ドタバタと動くのはNGだ。できればテレビも遠慮してほしい。

産後しばらくは、夫も、実母も義父母も、それを慮ってくれて、最大限の配慮をしてくれた。
あのテレビっ子な夫が、テレビを自粛していた! 観るにしても、イヤホンをつける、など。
しかし最初の数日は、耳が遠い実母はニュースを観るためにテレビの音量を上げ、義父母は洗濯機置き場とベランダで互いのすべきことを確認し合っていた。
寝室=病室にいるわたしは、それらのやりとりがすべて耳に入った。そして、動けないことに気をもんでいたのだ。

産後3日目の晴れた日、純子先生の検診中に、洗濯物を干している夫が実母に「お母さん、富士山がきれいに見えますよ」と声をかけていた。当然それは、寝室にも筒抜けだ。
「毎日、こんな調子なの?」
純子先生はわたしに確かめ、わたしはうなずいた。
「これじゃ頭が休まらないのも当然だね。産後の回復には、頭がゆるむことがいちばん大切。何も考えないでぼーっとすること。わたしから、ご主人に話してあげる」と言って、純子先生はしばらく、夫と話し込んでいた。
その後、夫は実母、義父母にも「我が家は病院であり、寝室は病室、保育器である」ということを伝えてくれた。それを皆、瞬時に理解し、自分のすべき行動を粛々ととってくれた。本当にありがたいことだった。


静かな時間が流れるようになると、ただひたすら、自分の傍らに寝ている小さな存在に集中し、小さなあくび、小さな泣き声、小さなよだれ、小さな寝息、小さな動きをつぶさに感じることができる。
穏やかで、やさしい時間。満ち足りた気持ち。幸せ。
ふつふつとからだの中から、温かな思いが湧き上がってくるのを感じるようになった。

「頭をゆるめる」とは、こういうことなんだ。
幸せな時間を過ごすコツを、この時期、ちょっとだけ得たような気がした。


切れた? 切れない??

ナキガオ
(特技:女優泣き! 表情と声だけで泣ける、たまです)

「自宅出産をした」
そう打ち明けると、出産経験者から必ずといってもいいほど聞かれる質問がある。
「…で、切れたの? 切れなかったの?」

彼女たちが聞きたいのは、わたしの会陰が切れたかどうか。
自宅出産や助産院での出産など、医療行為に頼らないお産は、会陰切開をすることは少ない(と思う)。
赤ちゃんが産まれてきたいペースで、時間をかけて、ゆっくりとお産は進む。
「あと何分で産みましょう」と、陣痛促進剤を使ったり、赤ちゃんの頭が出やすいように会陰を切ったりすることはない。
助産師さんたちの適切なマッサージにより、会陰をやわらかくし、のばす。そして赤ちゃんは穴を広げて、頭を出してくるのだ。

病院で出産した人のほとんどは、会陰切開をしているはずだ。
なぜなら、それはルーティンワークだから。
もちろん本人が強く希望すれば、切らずに済ませることもできるだろう。ただ、そこまで「切らない」ことにこだわりを持つ人もいないだろうし、そもそも、「切る」「切らない」の意味性を深く考える人もいないのではないか。
なかには、「陣痛が痛くて、会陰切開の痛さなんて感じる余裕すらなかった」「お産を早く終わらせたかったから、さっさと切ってほしかった」などという強者もいる。

しかし、わたしが出会った経産婦のなかには、会陰切開の傷で産後しばらく痛い思いをし、また、自分の大切なところにメスを入れたことで精神的なショックを受けたという人もいる。
わたしとしても、いくら会陰が張り裂けそうだからといっても、いきなり鋏でジョッキン! とされるのはかなわない。想像するだけで痛い。
「会陰切開がイヤだから、助産院を選んだ」という人がいるというのも頷ける。


で、先の質問の答えだが、わたしの場合は、
「あー、ちょっと切れちゃったよー。だって、あまりにもお産が早く進みすぎちゃってー。会陰が伸びる間もなかったみたい」
でも、正直、そんなに気になるほどではなかった。

よく、会陰が伸びる痛みを「鼻からスイカが出てくるくらい」と表現する人がいるが、さすがにそれは大げさだ。
鼻を例にあげるならば、わたしの実感としては、「鼻から焼き栗」って感じだろうか。
ものすごいエネルギーが会陰周りに集中して、灼けつくように熱い。ヒリヒリと、皮膚の皮が伸びる感じだ。
わたしの場合、助産師さんが到着した時にはすでにたまの頭が見えていて、会陰の伸びはMAXに近かっただろう。
助産師さんが急いでラベンダーオイルでマッサージをしてくれたが、間に合わなかった、というのが実際だ。
切れた、と言っても、乾燥した日に大きな口を開けて笑って、唇の際がちょっと切れてしまった、というくらいのものだろう。

処置としては、クリップのようなもの(大きなホチキス状のもの。クレンメという)で会陰を留めた、ということらしい。
しかしわたしは、それを見ていない(おむつ生活のため)。
さすがに、排尿する時にはちょっぴりひきつれるような違和感があった。
さらに、悪露も出ていたので、トイレに行くたびに必ずビデで洗浄したので、ちょっとチクッとしたのも事実だ。
まあ、転んだ時のすり傷を腕に抱えたまま、お風呂で体を洗うのと同じくらいの程度だ。

産後6日目の自宅退院の日に、クレンメをはずした。
それまではどのみち、トイレと洗顔くらいにしか立つことがなかったが、除去後、嘘のように動きが軽やかになった。
さすがに「お股にクリップ」状では動きにくかったことは否めない。その瞬間から、「ひゃっほー! これが退院ー!!」と、まるでギブスをはずした時のような身軽さを感じたものだ(骨折をしたことも、ギプスをしたこともないけれど)。

じゃあ、傷は??
んー、ほとんどないんじゃないかなー。
というか、そもそも、自分の陰部をわざわざ鏡でじっくり眺めるようなことは、ほとんどしたことがないのです^^。。人生経験が足りずにすみません。。今度、参考までに調べてみます(でも、その前との比較のしようがありません)。

というわけで、会陰切開の傷とどちらが痛いのかはわからないものの、ちょっとくらい切れても、それほど痛くもないし、回復も早い、ということは、はっきりと言える。
ゆっくり時間をかけて産んだ自宅出産仲間たちは、そもそも切れていないだろうから、もっともっと産後が楽だったんじゃないだろうか。今度感想を聞いてみたい。



【eco本】気候変動+2℃

(この文章は【Waveよこはま】のブログに執筆したものです)


「地球の気温は、この100年間で0.76℃上がった」
こう言われても、ピンとこない人は多いと思います。
しかし、平熱が36.5℃の人の体温が0.76℃上がったとしたら、37.26℃。だるくて、ぼーっとして、ちょっとつらいはず。
今の地球は、そんな状態と言えます。
そして、IPCCの報告によると、2100年までに地球の温度は最大6.4℃上がるとか。
体温に換算すると……、42.9℃!!
この体温が続けば、まさしく生命の危機。
地球は今、そんな状況におかれているのです。

気候変動 +2℃』のタイトルにある+2℃は、「人類が越えてはならない一線」と、編者であるThink the Earth プロジェクトの上田壮一氏はまえがきで語っています。
わたしたちの暮らしによって、地球の気温上昇はすでにとどめることのできない流れとなっています。
でも、100年後に+6.4℃までにはならないよう、人類が一丸となって地球温暖化防止に力を注ぐことで、+2℃までのラインを維持することができるはず……なのです。

本書は、右ページに地球の地図、左ページに地球の歴史、温暖化のインパクト、コラム、未来を変える取り組みで構成されています。
ページをパラパラとめくると、1950年から2100年までの150年間の地球の気温の変化が如実にわかります。
地図上に表示される色は、1900年との気温の差。赤から黄色になるにしたがって気温が上昇していることがわかります。
ページを繰るたびに、黄色いもやがかかっていく地球……。どこか、おそろしさを覚えるのは気のせいでしょうか。

気温は、目には見えない。だからこそイメージするのは難しい。
でも今、誰もが「暑い」「何かおかしい」と感じているはずです。
その直感、危機感を「行動」に移さなければ、わたしたちの子どもたちの未来は、ない。恐ろしいですが、目を背けてはならない「不都合な真実」と言えそうです。







全身リニューアル

ハンドリガード
(ハンドリガードがマイブームだった日々も、すでに懐かしい…)

産後2日目は慌ただしく過ぎていった。
骨盤が3回目に揃って正座したのが昼。
純子先生からの電話で赤ちゃんの低体温の危険性を指摘され、必死になって部屋を暖め、体温を回復させた午後。
体温が安定し、ほっとしてようやく「たまき」と命名したのが夜。
夜中になったら立っても大丈夫、と言われ、ようやく立ち上がり、トイレに行ったのが日付が変わるころだった。

産後初めて立ち上がった時、あまりにもからだに力が入らず、足から崩れ落ちた。たった3日寝ていただけだというのに!
トイレは寝室から近いというのに、立って歩くことができず、トイレまで這って行き、壁をよじ登るようにして立ち、ようやく便を出すことができた。
お腹がすっきりして、さて、どれくらい自分のからだが変わったのか確かめてみたい、という気になった。
姿見の鏡がある場所まで、壁伝いにヨタヨタと歩き、服を脱いで鏡に自分のからだを映してみた。

……別人がここにいる!
そう思った。
お腹は少し皮がしわしわしていたものの、ウエストはしっかりくびれていた。余計な肉がそぎ落とされ、シャープな肉体がそこに映っていた。
バストはしっかり大きく張っていて、腰回りは細くしなやかに。何よりもまず目を見張ったのは、お尻が2回りは小さくなっていたことだ。
でか尻、もも尻、垂れ尻が長年のコンプレックスだったわたし。お尻が大きめなことには変わりはないが、明らかにアンバランスだった昔とは異なり、絶妙なバランスで女性らしい豊かな尻、という程度に納まっていた。

これが、野口整体の骨盤直しの成果なのか。
おむつの恥ずかしさなど、この肉体を得られるのであれば、大したことではない。
「やったほうがいいと思いますよ」
純子先生の夫・kazzさんの言葉を反芻し、やってよかった、と、しみじみと確認した。

そのまま体重計に乗り、二度驚いた。
高校時代の体重に戻っていたのだ。
妊娠中、純子先生の指導で始めたマクロビオティック。つわりの時に食欲がわかなかったこともあり、そのまま小食で来ていて、産前6週間は砂糖や果物、肉類、乳製品、卵をいっさい摂取しない生活を送っていた。
妊娠直前の体重から比較すると、つわりで2キロ痩せ、その後は4キロしか増加せず、トータルで増えた体重は2キロ。
そして出産で約7キロ体重が落ちたため、出産前より5キロも痩せたことになる。
つまり、妊娠中に余分な肉がそぎ落とされ、からだの中身が大きく変わっていた、ということだ。

ダイエットが成功すれば、それは体重は落ちるだろう。
しかし、今回は、ダイエットをしていたわけではない。お産のリスクを極力減らし、安産をするために、食生活を整え、運動をした成果と言える。
しかも、骨盤が最大に開いて、そして収縮するという、骨格そのものがダイナミックに変わる時を利用して、骨盤を生まれ変わらせることに成功したのだ。

体型のコンプレックスを総決算し、余計な肉を落とし、からだが軽くなったこのお産。
こうして得た新しいからだは、大切にしたい。心の底からそう思えるようになった。
そのために、妊娠期間中に得たからだのメンテナンス方法、ケア方法(骨盤回しや骨格調整、ぶらぶら体操、目と後頭部の温湿布など)を続け、毎日の生活に食を据え、このからだを維持していこう、と心に誓ったのだ。


骨盤がキューッと縮まっていく

たまの足
(足、大きくなったねえ。この日記の頃からは想像もつかないくらいに)

さて、おむつという最大の関門を乗り越えたわたしは、あとはただ安心して横になり続け、骨盤が収縮するのを待つのみになった。
出産後、胎盤が出てから8時間ごとに、骨盤が片方ずつ収縮していく。収縮している方の体温が高くなるのだ。両方の体温が揃う時が、骨盤が揃っている時である。
両脇の体温が3回目に揃った時に、初めて起き上がることができる。早い人で2日、遅い人だと一週間近くかかるという。初産の場合は、起き上がって後にまた寝て、翌朝から立っていいことになっていた。

最初の8時間目。体温が計っている時に、キューッと骨盤が閉まっていくのを感じた。後陣痛の痛みとは明らかに違う。音まで聞こえてくるかのような、ダイナミックな動きだった。
最初の検温にして、体温が揃っていた。2度目も奇跡的(?)に、5分の差で、揃っているという判定ができた。
「早ければ明日には起きられるかも!!」このころはまだ、産後の幸せの絶頂で、ハイテンションだった。

ところが翌日、3回目の計測では、両脇の体温が揃わなかった。起き上がれない、寝返りも打てない。我が子の顔を正面から見ることもできないストレスが、少しずつたまってきていた。
助産師さんの訪問検診で、義父母、夫、実母は大騒ぎ。彼らのテンションはまだ最高潮で、我が家で皆、忙しく立ち回っていた。
体温を測っている時も、隣りの部屋からけたたましい声が聞こえてきた。少なからずわたしは、イライラした。
体温計に誤差があるかもしれない、と気づいたのは、その時のことだ。水銀体温計を使う前にぬるま湯に浸し、誤差があればチェックして、それを考慮に入れて体温を測らねばならなかったのだ。当然、そんなことは失念していた。それに気づいて、非常に焦った。今までの計測が無になるのか? 骨盤直しはうまくいかないのか?? と、不安に陥ってしまったのだ。

水銀体温計は振らなければ、新しく体温を測ることはできない。寝たままで振り切れない自分は、義父をわざわざ携帯で別室から呼び出して、体温計を振ってもらっていた。
義父母が帰った後、実母に体温計を振ってもらった。しかし彼女は、とても不器用で非力な人だ。水銀が落ちきらない。わたしはまた、イライラした。

隣りで、赤ちゃんが泣き始めた。おむつを換えてほしいらしい。洋服も着替えさせなければならず、それを実母に頼んだ。
赤ちゃんは小さくて、用意してあった肌着はどれもブカブカ。洗い替えがなくて、仕方なく大きめの肌着を着せたが、それが合わなくて気持ち悪いらしく、彼女はとても不機嫌そうに泣いた。
泣き声に実母は焦り、ますます手際が悪くなっていた。母の額は汗でびっしょり濡れていた。
(後から考えると、その時、部屋は間接照明で暗くしていた。年をとった母にとっては、暗くて、非常に作業しづらい環境だっただろう)

モタモタする実母にいらついているうちに、次の検温時間を3分過ぎていた! 今回揃わなければ、明日起き上がるのは無理だ! わたしはだんだん焦っていた。
赤ちゃんにおっぱいを飲ませたいし、自分でお世話をしたい。そのためには早く起きたいと思っていた。
……しかし、そんなイライラとした状態で体温を測っても、揃っているはずもなく、結局翌朝起きられないことがわかったわたしは、ついに決壊した。
実母が悪いわけではないのに、泣きながら、実母を攻めたのだ(なんてことだ!)。

そんな精神状態だから、当然翌朝も体温が揃わず、少々凹み始めた時に助産師さんの訪問検診があった。
「初産の場合は、そんなにすぐには体温は揃いませんよ。でもこの調子なら、今日には揃うんじゃないかしら。明日には起き上がれますよ」と、言われた。少しぼーっとして、リラックスすれば揃いやすい、とのこと。

そうだね、少しイライラしていた。不眠不休で過ごしていた出産の疲れも出てきたころだった。
ここはひとまず余計なことは考えず、ただひたすら眠ろう。
そう決めて、携帯電話の電源をオフにし、夫とともにぐっすり昼寝した。何も考えず、カーテンを閉めきってはいたが明るく暖かい日差しを感じる気持ちのいい部屋で、すやすやと。

そしてすっきりと目が覚めて体温を測った時に、体温が揃った。ようやく、3回目だ。
わたしはからだを起こし、収縮しきった骨盤を固定するために、45分間正座をした。
今まで、10分と正座ができなかったのに、奇跡的に45分も座り続けることができたのだ。
自分の骨盤が、しっかりと縮まり、納まっていくのがわかった。
それを確認してもう一度横になり、深く眠った。

(……そして、携帯の電源を切っている間に、純子先生から何度も電話が入ることになったのだ。赤ちゃんは低体温で、綿密ケアが必要な状態になっていた

委ねる、ということ

寝顔
(人の気も知らず、すやすやと寝てやがる……)

さて、おむつ星人のわたくし。
ついに尿意を催してしまった。
しばらく躊躇していたが、そうそう我慢できるものでもない。
誰におむつを換えてもらうか、と計算し、せめて夫ならば……という気持ちで、夫の在宅時に排尿したいと思っていた。しかし彼も仕事人だ。わたしがおしっこしたい時に家にいるわけではない。
現に、その時夫は会社にいたのだ。

もう一つの選択肢として、紙おむつはしっかりした吸収力があるはずだから、夫が戻ってくるまで濡らしたまま待つ、ということも考えた。
ともかく、出してしまうほかない。一気にお尻全体が生暖かくなった。そして、重くなった。。
嗚呼、わたしもついに、おもらし星人になってしまった……。

そして、愕然とした。
やはり、濡れた紙おむつは最高に気持ちが悪い。生理や悪露の量とはまったく比べるべくもないほどの大量の水分が放出されたのだから。肌にふれる面がべたつく、というわけではない。さらっとしている、と言っても過言ではないくらい、水分の吸収体と繊維の放湿性能は優秀だった。
でも、ともかく気持ち悪いのだ。生暖かさと、重さが。これは耐えられない。すぐにでも換えてもらいたい!!

しかしその時わたしが頼れるのは、義母しかいなかった。。
夫のお母さんだよ!! 姑だよ!!! そんな人にわたしのおむつを換えてもらうのかって??? 下の世話を頼むのかって??????
……そんな葛藤も、不快感には勝てない。
義母にはあらかじめ、「出産後は開ききった骨盤を戻すために、数日間寝たきりでおむつ生活です。もしかしたら下の世話を頼むことになるかもしれません」とは伝えてあったけれども、その時は現実にやってきてしまったのだ。

清水の舞台から飛び降りる覚悟で、ていねいに依頼した。
「お義母さん、すみません。おしっこをしたので、おむつを換えていただけませんか?」
「あら、いいわよー」
義母は、「究極のあっけらかん」とでも言うべき、さっぱりした人だ。そして実に手際よく、ビデでわたしの陰部を流し、滅菌済みのコットンで拭き、極力腰回りを動かさないように、おむつを換えてくれた。
そういえば、彼女は、つい1年前まで、介護で毎日おむつを換えていたのだ。どおりでうまいはずだ。

……さっぱりした!!! 
最高に不快な状態から脱し、心身ともに安堵した。あー、気持ちいい!
なんだ、委ねてしまえばこんなに楽になるじゃないか!!

そう、わたしは、大人としてのプライドや、羞恥心のようなものにとらわれていたのだ。
結局お産は、非日常であり、産後のからだは「手術直後の重病人」くらいの状態なのだ。そんな時に、小さな見栄や意地で無理をすることは、有害無益以外の何ものでもない。
その後も、夫にも、実母にもそれぞれおむつ換えをお願いした。
「やっぱ、最近まで介護していたお義母さんがいちばん上手でしたー」なんて言うゆとりも出てきて、義母に対しても、実母に対しても、一皮むけたような、新たな関係が構築できた気がした。

「委ねる」
簡単なことのようで、意外と難しい。でも、一度それができてしまえば、何かが大きく変わるのだ。

それに気づいたら、今までかたくなだった自分の心が、とても柔軟になった気がしたのだ。
肩ひじ張って生きていたのが、肩の力が抜け、とても楽になった。

わたしがおむつ??

あられもない
(こいつじゃなくて)


お産という大仕事を終えたわたしは、からだを拭いてもらい、そのままおむつをあてられた。
これから数日間、トイレに立つことも、からだを起こして食事をすることも、寝返りも、基本的にできない。
ただひたすらぼーっと天井を眺め、時々横を向いては生まれたばかりの我が子の顔を見るだけ、という生活だ。

なぜ?
それは、出産によって開ききった骨盤を元に戻すため。いや、元に戻すというよりは、正しい位置に納め直すと言った方が適切か。
野口整体の「骨盤直し」である。

以下、『女性のからだの整体法―からだの悩みを解消する6つのテーマと四季のお手入れ』(野村奈央・著、七つ森書館)より抜粋する。

 * * *

 整体では、出産後の起き上がる時期を大切にしています。
 子どもを産んだお母さんの開ききった左右の骨盤は、片側ずつ閉じていきます。二日なり三日なりかけて、骨盤がきちんと閉じてから起き上がります。それまでは起きていけないのです。出産後ずっと横になったまま、閉じて整うのを待ちます。
 (中略)
 このような出産を行うと、産後にからだがおとろえるどころか、自然のリズムにそうようになり、腰は美しく反って充実し、お乳もたっぷり出ます。女性から見てもほれぼれするくらい美しくなるものです。
 (中略)
 体温が三回目にそろう前に起きてしまうと、左右の骨盤の閉まりがアンバランスで、骨盤がそこで固まって動かなくなってしまいます。
 それが原因で、太ってしまう人が多いうえ、栄養分の不足した母乳しか出なくなり、精神的に不安定になったり、腰痛、頭痛、痔を抱えてしまう人が多いのです。

 * * *

妊娠以前からこの本を読んでいたため、骨盤直しをしてみたい、という気持ちはあった。しかもバースハーモニーのお産では、この骨盤直しを行うという。願ったりかなったりだ。
なぜなら、わたしは思春期になったころからやたらとお尻が大きくて、アンバランスな体型で似合う服がなかなかない、というコンプレックスを持っていた。それが少しでも解消できるならば……という欲があった。

しかし、数日間、トイレにも立つことができない。おむつをしなければならない。誰かにおむつを換えてもらう=下の世話を人に委ねる、誰に委ねる?? 大の大人なのに、おむつを換えてもらうの??? そんな、現実的な計算が頭の中でぐるぐると回り、「誰かに下の世話をしてもらうくらいならば、別にいいや」くらいの気持ちになっていた。

純子先生の夫は、「おむつに抵抗がある人は多いようですが、それでもやった人は、如実に体型が変わる。ぜひ、やったほうがいいですよ」とおっしゃった。それが決め手となった。
(でも、おむつを買うのは、産婦人科検診で自宅出産のゴーサインが出てからでいいや、と思っていた。そうしたら、準備する前にお産になってしまったので、おむつの用意ができていなかった。結局、助産師さんが助産院までおむつを取りに行く羽目に。迷惑をかけてしまった^^; しかも、おむつ姿に便利なネグリジェも用意できず、おむつの上にバスタオルを巻くという、何とも変な格好に……)

果たしてわたしはおむつ姿になった。
もう、出産で股を全開したんだ! そこから赤ちゃんを産み落としたんだ!! おむつなんて怖くないぞー!!! と開き直ってはみたものの、どうも落ち着かない。
でっかい紙が下半身を包んでいる違和感、悪露(子宮内膜や胎盤組織などがはがれ落ちてくる)が出ているから、生理の時のような気持ち悪さ。
しかし、おむつを換えてもらうにしても、回数は極力少ないほうがいい。だから、尿意も便意もなるべく催さない方がいい、などと思い、水分摂取も控えよう、くらいの気持ちでいた。

しかし、生理的欲求はごまかすことはできない。さすがに、出産した日の昼過ぎには尿意を催してしまった。ああ、どうしようか……。








eco本『もったいないばあさんと考えよう世界のこと』

(この文章は【Waveよこはま】のブログに執筆したものです)

……「もったいない」っていうことは、命を大切にするということなんじゃよ……

ずしっと重みのある言葉です。
これは、大ベストセラー絵本『もったいないばあさん 』の作者である真珠まりこさんが、地球で起きているさまざまな問題と世界の子どもたちに起きている現実を、子ども向けにわかりやすくまとめた『もったいないばあさんと 考えよう 世界のこと』の帯に書かれている一言です。

この本には、世界の10人の子どもが登場します。みんな9歳。児童労働をしているインドのアムルータちゃん、さらわれて兵士になったシエラレオネのソロリスくん、そして好ききらいで食べ残しをする日本のはなこちゃん……。
同じ9歳なのに、どうしてこんなに暮らしが違ってしまうのでしょうか。

今、世界では異常気象や水不足、森林破壊などが深刻化し、貧困、紛争などが後を断ちません。
一見すると、平和で、豊かな日本に暮らしているわたしたち日本人には、関係なさそうなことばかり。
でも、決してそうではないのです。
日々の食べものに事欠く子どもがいる一方で、日本では食べものの6割を海外から輸入し、その多くを食べ残しています。
「もったいない」の意識を持ち、わたしたちが行動を変えることで、地球で起こっている問題をよい方向に変えていくことができるかもしれない。
本書のあちこちに登場する「もったいないばあさん」のアドバイスを読むことで、日々の暮らしを変えるための気づきが得られます。

この本は、子どもだけでなく、ぜひ、大人にも読んでほしい本です。
内容が深く、わかりやすいことはもちろんのこと、描かれた子どもたちの哀しい目に、「何とかしなきゃ!」という気持ちが湧き上がってくるのです。

また、『もったいないばあさん』『もったいないばあさんがくるよ! 』『もったいないばあさん もったいないことしてないかい? (講談社の創作絵本)』のシリーズは、「もったいない」のセンスを学ぶうえで欠かせない必読の書。
日本で昔から受け継がれてきた生活の知恵、楽しい遊び、いのちを大切にする心を育む……。大人が読んでも楽しくて、暮らしに役立ち、大切なことを教えてくれる本です。こちらもぜひ。


 * * *

ちなみに、キタハラが書いた真珠まりこさんへのインタビュー記事は、こちらで読むことができます。
babycom ecology「ちきゅうの食卓」
シリーズ4:「もったいない」のセンスで考える ー 世界と食のこと

 * * *


   






産後のからだについて

チューリップ

<シリーズ・わたしの産褥期>

お産についてはひと通り書きなぐったので、次は、「産後」の暮らし(産褥期)について書いてみようと思う。

お産は、女性の人生にとって、最大のプロジェクトと言えよう。
生命が宿ってから十月十日(実際には受精してから266日)かけてお腹がMAXに大きくなり、骨盤がギーッと開いて赤ちゃんが産み落とされる。
その後、ものすごい勢いで骨盤と子宮が収縮し、元に戻ってゆく。
「出産は最大のデトックス」というが、確かにそうだ。
赤ちゃん(だいたい3kg)、胎盤(だいたい500g)、羊水やら血液やらを一気に外に押しやり、一瞬にして8kgくらいは体重が落ちる。
妊娠中にはホルモンバランスが変化して、食べもの(その他諸々)の嗜好が変わる人も多い。つわりは、体に不必要なものを外に出すために必要な過程だとする説もある。
何につけても、人生最大のターニングポイント。特に初産の場合はね。

わたしの場合は幸いにして、妊娠してからというものの、つわりもほとんどなく、ずっと体調がよくて、それこそ妊娠中何度も出張し、さまざまな取材をこなし、出産の5時間前まで原稿書きができるぐらいの元気者だった。
だから、さほどニンプモードにならず、ぼーっとしたり、見た目や雰囲気が丸くなったりすることもなく、従来通り女脳よりも男脳優勢の状態が続いていた。
(それがあまりよくないことはわかっていた。骨盤がゆるまらないからだ。さすがに臨月近くになってからは、意識的に仕事を減らし、気持ちをゆるめ、妊娠期間を楽しむことにした)

ところが、出産を終えてみると、一気にモードが切り替わってしまった。
出産が早まったために仕事が残ったまま産褥期に突入してしまったが、仕事のことはいっさい脳がシャットアウト。
それどころか、「産後は目と頭を使ってはいけない」の教えを遵守すべく、友人、知人への出産報告メールすらしない、と心に決め、かたくなにそれを守り通した(最低限の友人、仕事仲間には、直接電話で連絡した)。

まずもって、自分に起こった出来事と現実を一致させることが先決だった。
産後はまばゆい光にさらされてはならないから、カーテンは閉めきったまま。
コンタクトレンズを入れておらず、眼鏡もしていないので、世界はぼんやりとかすんでいる。
目の前には、小さくかよわい、いたいけな存在。いつ起きて、泣くのかすらわからない。
今、何時か、どのくらいの時が経ったのかもわからない。
しばらくは呆然としながら、しかし、ものすごいハイテンションの中にいた。

大きく、重かったお腹は、一瞬にして軽く、薄くなった。
わたしはおむつを当てられ、体を動かすことすら禁じられていた。
寝返りもなるべくせず、ただひたすら、天を見つめていた。
娘の顔すら、あまりよく見えなかった。

時々、お腹がキューッと縮んでいくのを感じた。
骨盤の収縮度合を調べるために体温を測ると、ギシギシ、と、こすり合わさるように骨盤が元に戻ろうとしているのを感じた。
受精した日から247日かけて大きくなったお腹は、たった4時間の痛みの後、急速に小さくなってしまった。
キューッ、キシキシ。
時折感じる小さな痛みに、自分の体、女性としての大仕事を終えたのだ、ということを実感していた。
そこには、男性脳が入る余地はまったくなかったのだ。

プロフィール

キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)

Author:キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)
団地暮らしと酵母生活の達人目指す、フリーのライター・編集者。仕事は、生きることそのもの。水環境ジャーナリストを師匠に、鬼校閲者を友に、チーム仕事も繁盛中でございます。
ウエダ家とともにCOBOの普及活動に勤しむ、日本初のCOBOライターでもあります。
得意分野は、食環境、住環境、地球環境。地球温暖化や食の安全・安心、エコハウス関連の仕事が多い今日このごろ。仕事の内容についてはカテゴリ【work】をご参照ください。
夫と愉快な仲間たちがやっているNPO法人【Waveよこはま】のブログにてエココラムを執筆中。
このブログはのんびり気ままに更新中。

要CHECK!!
tecology**
わたしのお母さんが嫁入りの際に贈って手描きのレシピを紹介しています。
teco's book store
わたしが携わった本、仕事でよく読む本などを紹介しています。
Waveよこはま
横浜からリユースの波を! を合言葉に、リユース食器の普及活動をしているNPOに参加しています。Waveよこはまブログで、エココラムを執筆しています。
COBO net
野生の菌とともにある暮らしを見つめ、「発酵」を身近にすることでいのちの循環を感じる「酵母生活」を提案するウエダ家。本の執筆や編集をともに行うなかで、日本の食卓をクリエイティブにする楽しさ、可能性に夢中で活動しています。
山形国際ドキュメンタリー映画祭
良質のドキュメンタリー映画が2年に一度、山形に集まる!! 世界を見開かせてくれる扉です。
山形の過去・現在・未来
わたしのお父さんが何よりも愛する山形。歴史的建造物や残したい風景の過去・現在・未来を紹介しています。
酵母スイーツ
新しいごはん

うちのマンション大丈夫?
酵母ごはん

RSSリンクの表示
お知らせ
新ブログ「たまごはん」スタート! たまばあちゃんのイラスト入りレシピをたま母ちゃんが料理し、たまが食べる。母娘孫と3代に渡る食を紹介します。

☆キタハラ、2009年1月に出産いたしました☆ニンプ日記は未完のまま産後生活に突入。ぼちぼち、育児日記出産ドキュメント布おむつ生活産後の体のこと姿勢のことなどを書きつづっています。
相変わらず時系列はぐちゃぐちゃ。しかし、テーマごとに思考を詰め、まとめる作業は苦しくも、おもしろくあります。気長に見守っていてください。
twitter
カレンダー
04 | 2009/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
カテゴリー
最近の記事
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。