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命に訊く。

疲れすぎて眠れない、丑三つ時に起き出して仕事をしていた時に、大学の恩師が今朝の『ラジオ深夜便』に出ることを思い出した。元沖縄大学学長でノンフィクション作家の野本三吉師。二夜連続で、聴き逃した昨日はおそらく戦争体験、小学校教師、放浪の旅、寿町や児童相談所でのソーシャルワーカーとしての激動の人生が語られたのだろう。そして今日、横浜市立大学時代、沖縄大学時代の話だった。「大学を地域に、地域を大学に」として生きた野本師の後半生、そのまとめ。

野本三吉師は横浜市立大学時代に「社会臨床学会」を立ち上げた。
臨床とは人と人とが関わり合うこと、そのもの。社会臨床とは人と人とが関わり合うなかで、社会背景、地域社会、歴史を包括する概念で、生活も臨床になる。社会全体を包みながら、どいういう人間社会をつくっていけばいいのかを考える学問で、「地域」も一つの臨床対象である、と。
臨床心理学では、人に情報が入り、情報がカラダに入り、反応することに寄り添う。
社会臨床では、地域に情報が入り、地域が反応する、そのメカニズムに寄り添う。そうして、判断し、反応し、活動がおこる。
社会臨床では、地域を一つの「生き物」として見る。

野本師は、「コミュニティを見ていくと、いちばん大切なのは女性。女性が元気なところは地域が元気、子どもが明るい。未来をつくっている。地域が発展する」という。女性と子どもたちを軸に地域社会が変わる、と。

さて、自分のことに戻る。わたしの卒論のテーマは『臨床社会学の可能性としてのライフヒストリー』であった。「地域」「環境」をキーに情報を発信し続けてきた社会人としての15年間、まさに原点は大学時代、野本三吉師の元での経験によるところが大きい。そして、いままさに、社会臨床を実践しているのだと悟る。
今春、師がふるさとの横浜に戻ってくる。師は森ノオトのことを知らない。再会が楽しみだ。



師は先般『生きること、それがぼくの仕事』(社会評論社)を昨年、出版した。
何を自分の基準にして生きようかという時に、やはり「命どぅ宝」であると。
「命」には3つの側面がある。
(1) 同じ命は二つとしてない(それぞれに個性がある)
(2) 自らのうちに自らが育ちたい力、エネルギーがある
(3) 他者との関わりのなかで豊かになる。
何かあった時に、命に聞こう、命が喜ぶことをやろう! 命が拒否することは断固としてやらない! 他者の喜ぶことをすることが仕事である。心、命に聞きながら、命が喜べることをやりたい……。

「命」に向き合い続けてきた師が語る「命」という言葉は、軽くなく、わたしに刻まれる。子どもが直感的に「イヤ!」と感じること、言うことを、流さない。食べること、眠ること、歩くこと、「命」が求めていることをやること、それが仕事、つまり生きることが仕事であると。

わたしも、自分の命に、訊ねてみよう。
迷いの日々のなかに、一つの命題。



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生と死と再生と

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先週、9月16日に念願の月山登頂を果たしました。月山はわたしの名前の由来でもある山です。森敦の小説『月山』に「まどかな山」という記述があります。小説を読んだ時はなんかおどろおどろしくて、しかも「死の山」だし、即身仏のエピソード多いし、「?」という感じでしたが。母はわたしたお腹にいる時からずっと「まどか」にしようと決めていて、わたしがうまれた日、35年前の今日はとても天気がよく山形市内からも月山が美しく見え、父はいまでも月山が見えると「まどかのお山だよ。まどかが生まれた日は月山が本当に美しかった」と話します。

月山から名前を受けたのにも関わらず、いままで一度も月山に登ったことがなかったのですが、昨年、里山伏の加藤丈晴さんと出会い、今年の5月に山伏の最高位である松聖の星野文紘先達に「山の思想」をうかがい、山に入る、月山に登ることが、人生で一つ重要な意味を持つのではないかと感じるようになりました。

出羽三山信仰は、厳しい自然の中に身を置き、そこで祈りながら、生(羽黒山)と死(月山)と再生(湯殿山)を体験します。日々の小さな営みも、よく考えてみると、生と死と再生をはらみます。人生の大きな意味と日常の一つひとつを結んでいけたら……などと考えました。

心技体、よき仕事をしている方には多く、天と通じる何らかのボディワークがあり(例えばヨガ、アーユルヴェーダー、整体、瞑想など……)、自分も何かそれをしたいと常々思いつつも三日坊主、始末のない日々のルーティンと呼吸の浅さと思考の浅さ(笑)に悩んでいたところ、友人から「まどかさんの内なる月山とつながったら」とコーチを受け、今年の誕生日までに月山に登ろうと決意し、晴れて今回実現。

登頂の記録はアルバムでご覧いただくとして、果たしてわたしに深い思想や呼吸が根づいたのか? と言えば、また答えはなく、ただひたすらに月山登山は楽しく、まるで子どものように山道を駆け上っていました。兎のようにピョンピョン跳ねているとでも言おうか、山頂で月山神社のシンボルが兎であることを知り納得。山はもとより厳しい存在というイメージでもありますが、今回の月山登山では、「天真爛漫」と「肯定感」を感じながら、深いことはわからないけれども、これでいいんだ、という気持ちでいました。

登山リフト上駅〜姥ケ岳〜金姥〜紫灯森〜牛首〜山頂まで1時間15分、山頂からは姥ケ岳の方に戻らずリフト上駅まで一気に下り1時間15分。思いがけず早く往復できたので、月山志津温泉変若水の湯「つたや」で湯をいただき、ムスメの待つ山形に戻りました。

結局人生は一生が修行のようなものであり、答えなどすぐには見つからない、ただ日々の中でも生死再生を繰り返し、一つひとつ始末をして新しく生まれ変わるような意識で、月山とつながっていたいなあ、と感じ、また横浜での忙しい日常に舞い戻りました。
月山登山、次はまた別のルートから、1年に1度は登りたいと思います。

今年の禁句。

忙しい、忙しい、忙しい……。

わたしが忙しがり屋なのは、友人知人の間では有名な話だ。
自分がどれだけ忙しく充実しているのかひけらかしたくなる性分は、多分、中学時代まで遡っても存在する。
自己承認欲求の一つなんだろうか。

ついつい口について出てしまう「忙しい」。
よくない言葉だよね。「心を亡くす」と書くくらい。「忙殺される」なんて言った日にゃあ目も当てられない。

忙しい=充実している、という勘違いからの脱却。
心は常に遠くを見つめて、今のセコセコセカセカをさらりと流せるくらいに人生上達したい。

……なあにを言っているのか、この若造が。
と、ここまで書いて思った。

忙しがっていて上等、今年も地べたでジタジタバタバタ、大いに結構。
人生上達なんて一生できるもんじゃないだろう。

でも、「忙しい」を口に出すのは、今年は極力控えようと思う。
その行動から何かが変わるかもしれないわけだし。
すべて封印するのは難しいけど、意識するだけで変わってくるかも。

あとは……すべてムスメ向けなのだけど、「ちょっと待ってて」「あとで」もだな。


今年の目標なんてもんを毎年打ち立てていて、それはそれで未熟な自分をさらけ出すようでちょっぴり恥ずかしかったりもするのだけど、ブログ見返しても、mixi読み直しても、目標に対してちょっとだけでも進捗している自分を感じられるので、やっぱり「一年の計」を立てることは大切なんだなあ、と思う。


横浜市北部のエコメディア・森ノオト

違った視点からものを見る。

これまでと違った尺度からものを見てみる。これは、昨年身についた手法だ。

きっかけは大きく2つ。でもそれらは複雑に絡み合い、もしかしたら一つの原因に集約されるのかもしれない。

マクロビオティックを続けるかどうか。この辺りの葛藤はブログでさんざん書き散らし、反応も大きかった。
結果的に「わたしはマクロビオティックではなく、オーガニック派でいこう」という宣言をする。
マクロビオティックを否定はしないけれども、今のわたしにはあまりに縛りが強くて、でも生来の生真面目な性格から「きちんとやらなきゃ」と自分をストイックに追い込んでしまい、結果家族や友人に類が及びつつあるのを感じていたので、卒業、ゆるく楽しむ程度にとどめた。

そして昨年夏のホメオパシー報道。
生後すぐの乳児に与えるべきK2シロップをホメオパシーのレメディで代用して赤ちゃんが死亡したという事件が発端となり、朝日新聞を中心とするメディアの報道が加熱し、科学の権威から「荒唐無稽」と断定されるに至ったあの事件。
わたしはそれなりにホメオパシーを愛用し、効果も感じていただけに、ショックは大きかった。
わたしの周囲の人にもそういう人は多かっただろう。助産院での出産を志向する人は、ホメオパシーやマクロビオティックと親和性が高い。
ただ、そういう「類友」感への違和感を覚えていたのも事実であり、その違和感と対峙していくなかでのマクロビオティック卒業宣言であり、その後のホメオパシー報道でとことん自分を突き詰め、見つめていった。
助産院出産を否定する、あるいは疑問視するサイトを熟読した。かなり心の奥底まで揺れた。
……と同時に、一連のホメオパシー叩きに納得している自分もいた。ホメオパシーの一部団体の暴走に以前から疑問を持っていて危険を感じていたから。

信じる、傾倒する、依存する、
自分で選ぶ、対等に立つ、自立する、

何かの大きなムーブメントに自分が入り込みそうになった時に、それとは違う尺度や価値観、肯定否定さまざまな立場からものごとを見つめ自分を見つめていく。
結果、自立して選ぶことができたら、揺るがないし、楽だ。
社会的に普遍性を持つレベルにまで思想や思考を落とし込んでいけなければ、記事として説得力を持たないわけだし。

これから仕事をしていく時に、「惚れ込む」ことと同時に、自分をふっと宙に浮かせて、上から、下から、左から、右から、見つめていって、とても公平にノーブルに、納得して、形にしていきたいと思った。


横浜市北部のエコメディア・森ノオト

部活的ルーティンワーク。

今年の目標を掲げるとするならば、掲題の「部活的ルーティンワーク」を生活に根付かせることだろう。
以前からの、「こうなりたい」という目標に向かっていくのとは違う視点。
ひたすら毎日の生活を地道に、着実に積み重ねていくことによって広がる視界はどうなるのか、これまでとまったく異なる座標軸から、自分を試してみる。

朝起きて顔を洗い着替える。熱いお茶を飲みブレイク。自分のとっておき朝時間。
新聞を読み自分時間を終え家族時間へ。米炊いてみそ汁つくっておかず用意して。
ムスメオットを迎えて家族みんなで朝ごはん、バタバタと出勤保育園。

仕事して。

家で仕事を終えたらお迎え前の15分は野菜切って夕飯用意。
お迎え行ってごはん仕上げてごはん食べて洗いものしてお風呂入れて美人タイムそしてねんね。

つまり、仕事以外の時間は、部活的ルーティンワーク。毎日の基礎練習。
10年間親しんだ吹奏楽的に言うなら、まずは体をブラリと動かしてひたすらロングトーン、音階練習、アルペジオ、タンギング……基礎を重ねて初めて譜面に目を通すことができる。音楽表現、ビブラートなんぞは基礎があってこそ。
それが昔から嫌いだった。最初に音だけ出したらすぐにメロディアスな曲ばかり吹いてきたわたしは、当然ながら音楽では二番手三番手。
基礎練嫌いで「夢は全国大会」なんてちゃんちゃらおかしいが、高校2年生の冬だけは違った。本気でアンコン全国狙い仲間と死にものぐるいで練習。あの時のチームワークは山形県内でちょっとした評判に。

「本気」があれば、賞以上の何かが得られる。

わたしが今の仕事にかける「本気」。フリーになって丸5年、少しも揺らぐことない。
人生懸けた「本気」は、人生そのものを「本気」で生きることと同義。

練習を終えても、本番を終えても、必ず、楽器は片付ける。
呼気の水分を拭って、リードを取り外して、楽器を分解して、ケースに収める。
毎日の生活も同じことだ。つくって食べて洗って片付けて。部屋も同じ。

24時間仕事人間、そんな時代じゃない。


横浜市北部のエコメディア・森ノオト

謹賀新年、2011年。

年末年始は、ムスメのアデノウィルスとともに過ぎ去りつつ。
そのことがむしろ、家族ののんびりした時間と、大掃除の機会創出によって生まれた清々しい空間をつくってくれたことに気がつき、アデノ様々で迎えた2011年の新年。

ムスメ寝かしつけて寝落ちが何とか大晦日の23:30に目覚め、オットとともに年越し蕎麦。
迎えた新年、格闘技観戦して寝しな、ムスメの寝顔を見て想う。

この宝は、かけがえのない……。

彼女の存在なくして、今のわたしはない。

としたら、ムスメの、オットの、つまり家族の安寧安定安心なくして、世界の子どもたちの笑顔云々言っていること自体がさらさらおかしいのではないかと。

2010年前半はそのことを無視して闇雲に突っ走り、後半は禊の日々。
名誉挽回とは言わないまでも、コツコツ自分改善は一日にしてならず、ようやく少しずつ成果が見え始めた2011年の新年。

ここから始まり。
少なくとも昨年前半の失敗によって、自分の基礎上積みできて地盤強化された感あり。
となればそのつまづきにも感謝。
今年一年を過ごすのがまた楽しみなり。

2011年はコツコツ、日々の気づきを記し残していきます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



2011.1.1. キタハラマドカ@tecology
横浜市北部のエコメディア・森ノオト

つながるちから

シンポジウムが終わり、反響の大きさに驚いている。
実際に人と人が出会い、化学反応が起こる瞬間に立ち会うことがある。
すべては運命なんだろうか。いや、願い続けていれば、必要な時に、必要な人と、つながることができる。
大切なのは、自分自身を信じて、まっすぐに生き抜くこと。


今日は、かねてから憧れていた人とランチをした。
彼女の仕事の仕方、発信力にいつも舌を巻き、刺激をもらってきた。
彼女のブログを自分を高みに引き上げてくれるメンターとして、いつも学ばせていただいている。
そして、もしかしたら、「いのち」と「暮らし」という、もっとも大切にしているところでつながりが持てるようになるだろう。
協働する可能性も芽吹いてきて。

ヒト、モノ、コトを地域でつなげていきたいと考え、つくってきた森ノオト
読者数はまだまだだけど、驚くべきは「つながるちから」。
取材で出会う。またつながる。
一人、また一人にリンクが貼られるたびに、読者が、ファンが、増えていく。
地域に住む、リアルな人がつなげてくれる強み。


出会いあり。別れあり。
前に進むたびによけいなものがそぎ落とされ、不思議とその時の自分にとって必要なものだけが残る。
今はそういう時なのだろう。
くよくよしている暇はない。
自分の持ち場で、やるべきことをやる。
そうすればまた、輪廻が巡ってきて、また出会えるかもしれない。
その時を受け入れる。


春。
土が温んできた。水が動いてきた。
1月にしっかりと耕してきた土は、これから蒔く種をどう受け止めてくれるんだろうか。


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作戦変更を余儀なくされた

「生活のリズムを定着させる」というのを、一年の計の第2弾に掲げた。
具体的には、朝早く起きて、企画を考えたり、一日や一週間の予定を立てたり、ブログを書いたりする時間をとる、というものなのだけれども、早くもその目標は崩れ去った。。

仕事が始まる前までの数日間、6時起きをしようとがんばってみた。
寒くて体が動かず、それでもどうにかもぞもぞと布団から起き上がろうとすると、「パチッ」。
誰かさんまで目を覚ましていやがる。
「母ちゃんおきたの? ブログ? ダメダメー、たまとあそんでー」
目をキラキラ輝かせて、活性化しているたま。結局、たまをギューッとしながらもう一度布団で丸くなるほかない。。。

そうこうしているうちに保育園が始まり、またたまは体調を崩し、日中ろくに仕事をする時間がとれなくなった(取材や打ち合わせなどは助っ人の力を借りて乗り切るが、執筆の時間は犠牲にせざるを得ない)。
夜早く寝て朝早く起きて……などと言っている余裕はなく、「その日のうちに終わらせなければまずい!」状態のものが次々に迫って来る。

こんな状況で、朝、ゆとりを持って企画をする、などとは言っていられなくなった。
ブログすら書ける状況になかった。

だったら、夜、ちょっとくらい遅くなっても、自分で決めたことくらいはやったほうがいい。
ブログはやっぱり、書きたい。

で、作戦変更だ。
夜型に戻っても、「やりたいこと」の方を優先しよう。

春になって体調が落ち着いたら、また「朝時間をつくる」という目標に向かってチャレンジすればいい。
そのくらいの柔軟性は、あってもいいんじゃない??


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2010年の目標(3)姿勢をきちんとする

(3)姿勢をきちんとする

これが課題になるということは、姿勢がきちんとできていないことが多すぎる、ということだ。
姿勢を正しく保つには、筋肉が必要。
マドレボニータで、立ち居振る舞い次第で筋トレにもなり、体のゆがみにもなる、ということを学んだのに、日常に流されるままに得たことを失ってきているのが哀しい。

具体的には、
足を組まないこと。
骨盤のゆがみにつながる。
足を組まないまでも、足先の処理は、生きる姿勢につながると思う。
ダラッと外側に開かない。膝をくっつける。所在なげにしない。

仙骨を起こすこと。
おなかを突き出して腰の負担を逃がそうとするくせがある。
たまを抱っこしているから、お腹で支えようとしている、というのがあるかもしれない。
仙骨を起こすには、腹筋の力が必要だ。
腹筋を意識することで、体の中心、軸がしっかりしてくる。
おなかもひっこむので、見た目すっきり!

肩甲骨を開くこと。
そうすると、猫背が改善される。
特に寒いと背中が縮こまってしまうけれど、邪気を吸い込んでしまって、風邪を誘引することにもなる。
肩こりの原因にもなる。
肩甲骨を開いて、肩の位置をストンと落とすことによって、胸が開き、堂々と前を向いた姿勢になる。
首が長く、すらりと見える。

マドレボニータや野口整体などで、体をケアするすべを学んだのに、忙しさにかまけてなおざりになっているのがもったいない。
特に野口整体ではほんの少し活元運動が出ただけで、その後、肩や背骨を自在に動かせるようになった。
一日一度でも、深い呼吸をする時間をとることって、大事だと思う。
もちろん骨盤呼吸や骨盤回しなども大事だけれども、まずは、呼吸だね。

眞那さんに月一回診てもらえるのも心強い。
彼女の指は、敏感で繊細なセンサー。わたしのからだの状態をつぶさに言い当ててくれる。
それが指標になって、自分を整えることができるのだ。

美と健康は、一致する概念だと思う。


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2010年の目標(2)食べ方をきちんとする

(2)食べ方をきちんとする

わたしは、(自分で言うものなんだが)相当、食べ物にはうるさいと思う。
極力地産地消、有機に近いものを買い、調味料も長期熟成で自然のミネラルたっぷりの「本物」、お菓子も添加物なしの素性がわかるもの、加工品を買う場合は生活クラブか自然食品店のみ、畜産品も飼料までチェックして購入する。
食費をケチることは、まずない。

で、調理も、ていねいだと思う。
塩、油、醤油にはいいものを使い、時々スパイスとCOBOを加える程度、それだけで複雑で深みのある料理ができる。
マクロビオティックを学んでからは、食材の性質、薬膳、陰陽の特製を組み合わせながら、トータルでバランスをみて、料理を供している。
これを考えるのは、このうえなく楽しい。料理大好き!


そんな我が家の豊かな食事……にも、課題はある。
「食べ方」が、庶民なのだ。
いや、我々は庶民は庶民だから、庶民らしくていいのだが、喫緊の課題が。
そろそろたまは物心つくから、親を真似してしまう。
それが、「まずいなあ」と思う。
わたしの食べ方は、「まずい」。

食べ方の所作。
肘こそつかないけれども、食べている時に体が曲がってはいないか?
箸の使い方(大学生の時に特訓してようやく箸を持てるようになったが、今でも上手とは言えない)。
皿の持ち方、角度。
美しい所作の人は、やはり、それらがきちんと決まっているのだ。

食前に、ゆったりとした気持ちで、感謝の気持ちを捧げているか?

ゆっくりと、よく噛んで食べれば、少食でいられる。
ドカ食いはよくない。
今通っているマクロビオティックの教室の奥津先生が言うには、
「食べる時は、ごはん→お味噌汁→ごはん→お漬物→ごはん→おかずというように、一口食べるごとにごはんに戻ると、穀物を半分食べるというマクロビオティックのバランスとも矛盾しないし、少食でいられる」とのこと。
これには膝を打った。なるほど!

あと、ながら食べをしない。
テレビを観ながら……
新聞を読みながら……
携帯を見ながら……
これは、意識して、しないようにしているけど。
(夫も協力してくれている)
食事の時は、家族の会話を楽しむ時間だ。

間食を防ぐための最大のポイントは、「袋食べをしない」こと。
お菓子の袋から直接ポリポリ。これは、餓鬼の行動そのもの。
お皿に盛って、テーブルに座って、お茶といっしょにいただく。
そうすれば、おやつの時間がリラックスタイムになり、ON/OFFのメリハリがつく。

袋食べをするということは、間断なく、ダラダラとつまみ食いすることでもある。
これは、ダイエットにも、虫歯にも、最悪。
常に食べ物が体の中に入ってくるため、内臓はそれを消化しようとしてエネルギーが働く。
常に忙しく動いているので、内臓疲労に陥りやすい。
歯にも悪影響で、あまいものが常に口の中に入っていると、虫歯菌が繁殖しやすい状態を作り出していることになる。

わたしの場合は、この「袋食べ」を追放することで、ずいぶん変われると思う。
これがあらゆることにおける最重要課題だな。


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プロフィール

キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)

Author:キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)
団地暮らしと酵母生活の達人目指す、フリーのライター・編集者。仕事は、生きることそのもの。水環境ジャーナリストを師匠に、鬼校閲者を友に、チーム仕事も繁盛中でございます。
ウエダ家とともにCOBOの普及活動に勤しむ、日本初のCOBOライターでもあります。
得意分野は、食環境、住環境、地球環境。地球温暖化や食の安全・安心、エコハウス関連の仕事が多い今日このごろ。仕事の内容についてはカテゴリ【work】をご参照ください。
夫と愉快な仲間たちがやっているNPO法人【Waveよこはま】のブログにてエココラムを執筆中。
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☆キタハラ、2009年1月に出産いたしました☆ニンプ日記は未完のまま産後生活に突入。ぼちぼち、育児日記出産ドキュメント布おむつ生活産後の体のこと姿勢のことなどを書きつづっています。
相変わらず時系列はぐちゃぐちゃ。しかし、テーマごとに思考を詰め、まとめる作業は苦しくも、おもしろくあります。気長に見守っていてください。
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