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産後編まとめ

父の手
(母ちゃんが産後生活の間、あたちの命を支えてくれたのは、この父ちゃんの手。)

さて、産後わたしのからだに起こったことについて長々と書き散らしたが、ひとまずここで一段落とする。
わたしの産後生活は、おむつ、入浴しないなど、読んでみるとギョッとする、あるいは興味を喚起するような、ある種の特殊解と言えよう。
ただ、一つ言えるのは、産後、わたしのからだに起こったことは、決して特別なケースではない。後陣痛、骨盤の収縮、悪露、抜け毛などは、産後の女性は誰もが経験することだ。
それに対してどのような手当て、ケアをするか、その違いだけだと思う。

野口整体の骨盤直しなどは、助産師であっても99%は知らないと思う。
それを熟知して実践を促す助産院に出会えたことは、わたしにとってはラッキーだったが、万人が受け入れられることではないだろう。
例えば、いわゆるクリニックや病院で出産すれば、産後すぐに立って病室や授乳室、食堂に歩いて移動するだろうし、里帰りでもしない限りは退院後には家事育児を自分でしなければならない。
上に兄や姉がいれば、その世話もしなければならない。
心身に不調を来した場合は、医学的な「処置」で乗り切ることもあるだろう。

必要なのは、「今」だけを見るのではなく、更年期を含めた今後の長い人生に対して、産後のからだを整えることがどれだけ重要なのかを認識することだ。
わたしがやったことは、おそらく「ここまでやれば完璧」というほどのフルコースだったが、そこまでできないにしろ、産後のからだの特殊性を鑑み、産褥婦を労る、休める環境を整えなければならないのは自明。
残念ながら、それを教えてくれるところは、病院、助産院を含め、それほど多くはない。

結局のところ、産む人自身が妊娠中から勉強し、産後の生活、2カ月をどのように乗り切るか、自分でプランを立て、手配をしなければならないのが現実だ。

そこでポイントとなるのが、
「委ねる」
これができるかどうかだ。
夫、両親、兄弟姉妹、義父母などの家族、それだけでまわらない場合は、友人、そして、お金を出しても産後ヘルパーを頼み、自分にしかできないこと、つまり授乳以外をいかに外注して、回復に専念する環境をつくること。
わたしの場合は「自分のおむつ交換」というインパクト大な作業を夫、実母、義母に委ねることになった。
ささやかな自尊心、プライドを、捨てないまでもちょっと別のところに置くことができたおかげで、でか尻という思春期以来のコンプレックスを総決算できたのだ。
むしろ、小さなことにこだわり、からだの回復を等閑にすることは、人生における重大な機会損失になっただろう。
「おむつ」という最大の関門を乗り越えれば、その他のことをお願いするのはそれほど難しくなかった。
厚かましいかな、とは思っても、洗い物、掃除、洗濯、洗濯物畳みを頼み、スーパー主婦である義母からは家事の段取り力と合理化を、実母からは食材を展開し、使い切る知恵を学んだ。
「委ねる」ことができることで、得たことは大きい。
何より、自分自身の肩の力が抜けた。


ただ、委ねるにあたっては、準備しておくほうがよいこと、たくさんある。
例えば、我が家の場合は、掃除機や洗濯機の使い方を誰もがわかるようにしておくこと。説明書を置いておく。どのような手順で掃除をするか。例えば掃除機をかけてからクイックルワイパーをかけるのか、とか。
調味料や調理道具のありか。わたしは化学調味料、砂糖は使わない。醤油、塩、油と、少々のスパイスのみ。それを理解してもらうには、基本的な味付けのポイントを伝えなければならない。
ゴミの出し方。何曜日が燃えるゴミなのか、資源回収の分け方など。
これらのポイントは、なるべく紙に書き出して、誰にでもわかるように明文化、図解したほうがよい。
いちいち説明する手間が省ける。

繰り返すようだが、わたしの産後生活は特殊だった。それを普遍化し、誰もが実践すべきだとは言えない。
ただ、周囲の理解が得られ、協力してくれる人がいて、何より本人がやってみたいと思えば、挑戦する価値はある。というか、本心ではお勧めしたい。
大切なのは、「何となく」で日々に流されず、「産後」という特殊な環境のなかで、自らのからだを味わい、慈しみ、感じることだと思う。
その2カ月を送ることで得られるのは、健康で美しい肢体だけではない。食習慣、生活習慣、姿勢、すべてが変わる。


ではひとまず、産後編、これにて終了。

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悪露ってネーミング、何とかならないのか?

頭爆発
(悪露でオロオロ、頭バクハツ)

悪露。
産後、子宮や膣から出てくる血液の混じった分泌物のことをいう。
仏教用語では、膿、血、糞、尿など、からだから出る汚れた分泌液や排泄物を指すという。
悪露、産褥期といい、ひどいネーミングだと思う。
いつ、どうやってついたんだろう?
女性の月経血を穢れと忌み嫌っていた時代の名残か??

「産後」とはいつまでをいうのだろう、と考えると、実は、悪露が終わるまでの期間ではないか、という気がする。
通常、悪露は産後6週間くらいで止まる。
産後すぐは、生理の2~3日目よりも多いくらいの血液様の分泌液が出てくる。
一週間くらいで赤褐色、その後、茶褐色、黄色、うす黄色と変化していき、6週間~2カ月でほとんど色がなくなり、いつの間にか終わる。
つまり、悪露の終了が意味するところは、出産で大仕事をした子宮、膣が、産後の後始末を終えた、ということではないだろうか。

しかもこの悪露、生理と違って、長く、ダラダラと続く。
わたしの場合はちょうど6週間続いた。
入浴は悪露が終わるまで差し控えよ、との命が出ていたので、早く悪露が終わらないかと心待ちにしていた。が、結局終わらず、産後6週目、洗髪と一緒の日になってしまった。
悪露は文字通り排出現象だ。悪露が出ている間は、からだは陰性に傾いているということ。そんな時にからだを冷やしてはならない。入浴を控えるのは理にかなっている。
食事では、おかずの量を増やすと悪露が増えるから、玄米と漬物、味噌汁程度に控えよ、と言われた。陰性のおかずがよろしくないのはもちろん、おそらく、おかずを消化するためにエネルギーを費やすことで、からだの回復を遅らせるのではないだろうか(あくまでも推測)。
産後1カ月までは相当苦しみながらおかずを減らしたが、途中でストレスが強くなったので、徐々におかずは増やしてしまった。

また、からだを動かすと、悪露は増えた。
産後1カ月も過ぎると、たまを抱っこしたり、誰もいない時は食器を洗ったりしていた。散歩をすることもあった。
ようやく止まるかと思ったところで、血液様の分泌物を認めると、気が滅入った。
そんな日々を繰り返していたのだ。

女性にとって、2カ月生理が続いていると考えると、何とも不快だ。
しかも、生理と違って特殊な状況の膣にタンポンを使うことはできないので、常に、生理用ナプキンやライナーを当てておかなければならない。
わたしは常日ごろ、生理用ナプキンは紙おむつと同じようなもの、と思っており、ケミカルな繊維を股にあてるのは不快だという感覚がある(だからたまは布おむつなのだ)。
結局、産後とは、誰もがおむつをしているようなものなのだ(!)。


気がついたら、春になっていた。桜が咲いた。
1月22日に出産後、約2カ月。そのころには、完全に悪露が終わっていた。
それは、産後のハイテンション、不安、神経質なまでの完璧主義を経験し、そして、鷹揚さを取り戻すまでの期間と重なっていた。
4月になって、たまは保育園に入園した。
わたしは、自分の全エネルギーを育児と家事に費やす生活から、仕事の割合を徐々に増やしていき、少しずつ日常生活に戻っていった。
少しくらい動いても、頭を使っても、普通食を食べても、自分のからだが揺らいだり、たまの皮膚が反応することは少なくなっていった。
育児が「晴れ」から「褻」、つまり日常になって、安定の日々がやってきた。
産後とは、いつの間にか終わるもの。からだと、心と、時間の流れ方で、それを知ることができた。


産後、6週間洗髪・入浴せず。

090609女優
(あたち、たま。女優よ。毎日母ちゃんにエステしてもらってるの)

たまは小さく、体重が2500gになるまで沐浴できなかったので、産湯に浸かったのは産後16日経ってから。
しかし母はそれ以上の強者だった……。
わたしは産後、6週間、入浴しなかった。
もちろん、洗髪もしなかった。

これ、おむつ生活と同じくらいのインパクトがあるのではないだろうか。
これも、助産院の教えだ(笑)。
いったいどんな助産院なんだ、と、つっこみがきそう(笑)。

産後はホルモンバランスの変化等で髪の毛がごっそり抜ける。
マクロビオティック的にいうと、産後は陰性、つまり抜けるほうに傾くので、その時期に髪の毛をいじってしまうと、どんどん抜けてしまうそう。
もう一つ、産後はからだを冷やしてはいけない。洗髪で頭を冷やすと一生頭痛持ちになると、昔からの言い伝えにもあるそうだ。
妊娠中は髪の毛が抜けにくくなっており、その分、産後にまとめて抜けるという説もある。まさに髪の毛のリニューアルということか。
ともかく、抜け毛を防いでより豊かで美しい髪に生まれ変わるためには、6週間洗髪を我慢しなければならない、と言われていた。

また、悪露が終わるまでは入浴も避けた方がよいとのことだった。わたしは、産後3週間以降、ちょろちょろ家の中で動いてしまっていたので、なかなか悪露が終わらなかった。
6週間経っても完全には終わらなかったが、それでも相当落ち着いてきたので、洗髪と同時に入浴も済ませてしまった。

この6週間は、どうやって体を清潔に保とうかと悩ましかった。
せめて、と思い、毎晩蒸しタオルで頭と体を清拭したのだが、本当はそれすら避けるべきだったと気づいても後の祭り。
実は、髪の毛に関しては、ブラシで梳かすのもご法度だったらしい。
毛根を刺激することで脳の活性化につながり、頭を休めることを妨げてしまうというのだ。

実は、「いくらなんでも、入浴・洗髪の掟は守ってられないなあ」と思っていた。しかし、骨盤直しの効果を目の当たりにした夫と母が、「絶対にやったほうがいい!」と強く背中を教えてくれたのだ。
夫は、「今後の人生で6週間も風呂に入らないなんてことはまずないだろうから、どのくらい臭くなるかやってみたら」と、無責任にもおもしろがっていた。
実際、産後1カ月くらいまではまったく問題なかった。見た目にも、言わなければわからないくらい。髪が脂ぎることもなく、油っぽいにおいもなかった。「サラサラだった」といっても嘘ではない。
産後6週間までは動物性の食品はほぼ完璧に摂取せず、油ものも極力控えていたのも功を奏したと思う。
冬だったのも幸いだった。ただ、「寝室は保育器」状態で蒸し暑かったため、汗は多少かいた。娘の様子がちょっとおかしいと冷汗をかいていたし。
だから、蒸しタオルでの清拭くらいはしたかった。でないと、夜、気持ちよく眠れなかった。

産後6週目、最後の1週間くらいで、多少、不快を感じるようになった。
頭皮をさわると、フケのようなものがたまった。
髪を梳かすと、少しべたつくようになっていた。
そろそろ限界かな、と思ったころ、産後6週間が経ち、「禊の日」となったのだ。


産後初の入浴は、驚愕だった。
6週間分の垢って、すごいのね……。
「垢太郎」という昔話があるけれども、垢太郎が生まれてきそうだった。今垢すりをしたら、どれほど爽快だろうかと思った。
浴槽に浮かんだ垢は……。嗚呼(詳しくは省く)。
シャンプーは5年来パックスナチュロンを使っていたが、2度洗いなどではまったく非力で、でも何度も洗う気力もなく、6週間分の汚れは、約1週間かけてどうにか落とした、というか、落としきれたかどうか定かではなかった。

が、わたしは髪の毛が薄いことが悩みだったので、「ごっそり抜ける」体験をせずに済んだのは何よりだったと思う。
わたしがお風呂に入っている間にたまを見てくれた義父母が「よくがんばったね」と言ってくれたのが救いだった。

正直、その効能はよくわからないのだが、しかしわたしの産後は、とても元気に過ごしている。
産後2カ月で仕事に復帰し、充実しているのも、これらの鉄の掟を守りきったからではないか、という気がする。

ところが産後4カ月過ぎた今、髪が抜けている……。働きすぎ???

お産と目の関係

おつきさまこんにちは
(寝ながら本を読むと目ェ悪くなっちゃうよ~、たまちん)

「産前産後は、目を使わないこと」
これは、助産院から、砂糖断ちと同じくらいに強く指導されていたことだ。
目を使わない。特に、パソコン、携帯電話、テレビなどは厳禁だ。新聞を読むことや、読書も極力控えよ、とのこと。産後に「命名事典」なんか読むのもNGと、厳しく言い渡されていた。

しかし、わたしは仕事柄、パソコンに向かうことが多い。
もちろん視力は悪い。
妊娠中は常に、純子先生から「頭がゆるんでいないから、骨盤が固い。これは難産になる」と脅され(笑)ており、しかし仕事を止めることができない性質から、せめてもの対応をと、骨盤回しの体操、目の温湿布だけはせっせと続けていた。
そのおかげで、出産直前には「骨盤が柔軟になっている」と太鼓判を押されるまでになった。
結局、出産の5時間前までパソコンで原稿を書いていて、しかし作業終了後は体操と温湿布をしていたため、超スピード安産と相成ったのだが。


さて、なぜ産前産後は目を使ってはいけないのか。
これは、昔からの言い伝えでもあるようだ。
ともかく産後3週間は、産婦は目を使わないように、暗い産屋で過ごさなければならなかった。
活字を読むことはもちろん、直接日の光を受けることも禁じられていたという。
要は、お産は体中の血液を総動員する一世一代の大仕事で、一方で、目を使うということも血液を使う仕事だということだ。つまり、血液を出産という大仕事に集中させて、目(=頭)を使う方に回させない、ということらしい。
確かに、出産では多少の出血はするし、産後は悪露という形で3~6週間程度はダラダラと出血が続く。目に血液を回すには、悪露を出し切ってからのほうが、回復が早いということなのだろうか。


というわけで、わたしは産後、ともかく携帯電話を使わないことに専心した。
出産のニュースを伝えたのは、両親と、ごく親しい友人2人と、仕事仲間3人のみに、電話で。
あとは、後から知ったとしても慮ってくれ、ということで、事後承諾で御免とさせてもらった。
携帯で出産報告をすると、細々とおめでとうメッセージが入るだろうことは想像に難くない。携帯が鳴る度にメッセージが気になって、携帯の小さな画面に綴られた文字を読むことになる。
また、誰に連絡をして、しなかったのか、などの気を使うのも億劫だった。

ただ、風の噂でわたしの出産を知った友人の何人かからメールが入ったりして、さすがに、多少は報告しないとまずかろうと、産後1週間経って15分だけ、携帯をいじった。
その後、すぐ目が痛くなり、頭痛に悩まされてしまった。気のせいか、骨盤回りまで痛む。
あ、こういうことね、と、すぐにわかった。で、携帯を触るのを再び止めた。
パソコンに初めてさわったのは、2月10日。出産から19日後、本来の予定日だ。
実は、出産5時間前まで書いていた連載の原稿を落としてしまっていたのだ。媒体が掲載を延ばしてくれていたのだが、さすがに2月20日までには掲載したい、とのことで、まとめなければならなかった。そして、2月10日から3日間、1日1~2時間を原稿執筆にあてた。その分、目の温湿布を徹底した。

それ以外は、テレビはもちろん、2月10日まで新聞も読まずに、完全に情報弱者として過ごした。
オバマ大統領の就任演説も聞かず、中川大臣の朦朧会見も知らず(ぜひテレビで観たかった!)、ただひたすら目の前のたまのことに集中するのみ。
カーテンは2重にして閉めきって、太陽の光を浴びることもなく。コンタクトレンズを嵌めることもなく、ひたすら暗く、蒸し暑い保育器のような部屋で、赤ん坊とゴロゴロ過ごしていた。

目を使わない=字を読まない、これを徹底しさえすれば、と思い、実は、大きな落とし穴にはまっていた。
デジタルはダメで、アナログでならいいでしょ、とばかりに、手帖に細かい字でたまの成長記録を書きつづっていたのだ。
何時に起きておっぱいを飲んで、吐乳して、うんちとおしっこをして、体温と体重はどのくらいで……、などと、ほぼ日手帳と、モレスキンノートに、記録をしまくっていた。
そう、暗い部屋で。
それが、ひどく目を疲弊させていた。
産後6週間くらい経ってから、目がパシパシパシとけいれんすることが増え、一気に視力が落ちたような気がして、驚いた。

結局、パソコンと携帯を使わないことを徹底しようが、暗いところで文字を書いていたら、相殺してしまう。
わたしの更年期はどうなってしまうのだろう。
記録魔はいいけれども、払った代償は大きかったかもしれない。

我が家は病院であり、寝室は保育器である。

匙屋の匙
(匙屋の匙をプレゼントした。すぐにぎゅっと握った)

我が家は病院であり、寝室は保育器である。

この言葉は、自宅出産直後の家に訪れる誰もに覚えておいてもらいたいことである。

自宅で産むと、ひょっとするとそのまま日常が流れてしまう。
お産という究極の非日常を、日常の空間で行うからだ。
もし、産後すぐに立ち上がれば、自分で自分の食べるごはんをつくったり、赤ちゃんのおむつを洗ったりすることもあるだろう。
さすがにそれは無理でも、来客があったら笑顔で応対し、あれやこれやと気を使ったり、お茶を出したりすることもある。

幸い、バースハーモニーのお産では、骨盤直しのために産後、産婦は数日間寝たきりの生活を送らなければならない。
また、「産後6週間は家事もせず、ゆっくりとからだを回復させること」と厳しく言い含められ、炊事洗濯掃除外出、あらゆる雑用は誰かに委ねることが求められる。
しかし、聞くところによると、そこまで徹底するところはごく少数らしい。
病院でお産をした友人は、産んでしばらくしたら自分の足で立って歩き、病室と新生児室を往復するのだそうな。食事だって食堂でするんだそうな。そして、1週間経って退院したら、家事と育児が押し寄せてくる。タフだ~。。

しかし、産後のからだは、思った以上に疲弊しきっている。
骨盤が最大に開き、また収縮している。ものすごい運動をした後なのだ。
「大きな手術をした直後の重病人」と、わたしの母は表現したが、それは正しいと思う。
そのくらいのていねいな扱いを受けなければ、更年期になってガタが出てくる、という話も聞く。

そもそも、赤ちゃんは臨月までずっと暗くて温かで静かな空間の中にいた。
それがいきなり、明るいこの世界にやってきたのだ。夜になれば冷えて、日中は暖かい。温度変化があり、また、誰かがしゃべったり、風が吹いたり、ドアが開いたり閉まったりする、刺激的な音に囲まれている。
なるべく静かに、暗く、暖かく一定な環境をつくり出し、徐々にこの世界に慣れさせてやらねばならない。
それは、自宅だろうが、病院だろうが、同じことだ。

「自宅退院」という言葉は、自宅出産をした人が、そろそろ寝室から這い出てきてもいいよ、という合図でもある。だいたい産後5日目くらい。
それまでは、自宅は病院であり、寝室は病室なのだ。
自宅の玄関は、病院の入り口。廊下は、病院の廊下。リビングはさしずめ待合室、といったところだろうか。
そこで求められる行動は、自ずと決まってくる。
大声でおしゃべりしたり、ドタバタと動くのはNGだ。できればテレビも遠慮してほしい。

産後しばらくは、夫も、実母も義父母も、それを慮ってくれて、最大限の配慮をしてくれた。
あのテレビっ子な夫が、テレビを自粛していた! 観るにしても、イヤホンをつける、など。
しかし最初の数日は、耳が遠い実母はニュースを観るためにテレビの音量を上げ、義父母は洗濯機置き場とベランダで互いのすべきことを確認し合っていた。
寝室=病室にいるわたしは、それらのやりとりがすべて耳に入った。そして、動けないことに気をもんでいたのだ。

産後3日目の晴れた日、純子先生の検診中に、洗濯物を干している夫が実母に「お母さん、富士山がきれいに見えますよ」と声をかけていた。当然それは、寝室にも筒抜けだ。
「毎日、こんな調子なの?」
純子先生はわたしに確かめ、わたしはうなずいた。
「これじゃ頭が休まらないのも当然だね。産後の回復には、頭がゆるむことがいちばん大切。何も考えないでぼーっとすること。わたしから、ご主人に話してあげる」と言って、純子先生はしばらく、夫と話し込んでいた。
その後、夫は実母、義父母にも「我が家は病院であり、寝室は病室、保育器である」ということを伝えてくれた。それを皆、瞬時に理解し、自分のすべき行動を粛々ととってくれた。本当にありがたいことだった。


静かな時間が流れるようになると、ただひたすら、自分の傍らに寝ている小さな存在に集中し、小さなあくび、小さな泣き声、小さなよだれ、小さな寝息、小さな動きをつぶさに感じることができる。
穏やかで、やさしい時間。満ち足りた気持ち。幸せ。
ふつふつとからだの中から、温かな思いが湧き上がってくるのを感じるようになった。

「頭をゆるめる」とは、こういうことなんだ。
幸せな時間を過ごすコツを、この時期、ちょっとだけ得たような気がした。


切れた? 切れない??

ナキガオ
(特技:女優泣き! 表情と声だけで泣ける、たまです)

「自宅出産をした」
そう打ち明けると、出産経験者から必ずといってもいいほど聞かれる質問がある。
「…で、切れたの? 切れなかったの?」

彼女たちが聞きたいのは、わたしの会陰が切れたかどうか。
自宅出産や助産院での出産など、医療行為に頼らないお産は、会陰切開をすることは少ない(と思う)。
赤ちゃんが産まれてきたいペースで、時間をかけて、ゆっくりとお産は進む。
「あと何分で産みましょう」と、陣痛促進剤を使ったり、赤ちゃんの頭が出やすいように会陰を切ったりすることはない。
助産師さんたちの適切なマッサージにより、会陰をやわらかくし、のばす。そして赤ちゃんは穴を広げて、頭を出してくるのだ。

病院で出産した人のほとんどは、会陰切開をしているはずだ。
なぜなら、それはルーティンワークだから。
もちろん本人が強く希望すれば、切らずに済ませることもできるだろう。ただ、そこまで「切らない」ことにこだわりを持つ人もいないだろうし、そもそも、「切る」「切らない」の意味性を深く考える人もいないのではないか。
なかには、「陣痛が痛くて、会陰切開の痛さなんて感じる余裕すらなかった」「お産を早く終わらせたかったから、さっさと切ってほしかった」などという強者もいる。

しかし、わたしが出会った経産婦のなかには、会陰切開の傷で産後しばらく痛い思いをし、また、自分の大切なところにメスを入れたことで精神的なショックを受けたという人もいる。
わたしとしても、いくら会陰が張り裂けそうだからといっても、いきなり鋏でジョッキン! とされるのはかなわない。想像するだけで痛い。
「会陰切開がイヤだから、助産院を選んだ」という人がいるというのも頷ける。


で、先の質問の答えだが、わたしの場合は、
「あー、ちょっと切れちゃったよー。だって、あまりにもお産が早く進みすぎちゃってー。会陰が伸びる間もなかったみたい」
でも、正直、そんなに気になるほどではなかった。

よく、会陰が伸びる痛みを「鼻からスイカが出てくるくらい」と表現する人がいるが、さすがにそれは大げさだ。
鼻を例にあげるならば、わたしの実感としては、「鼻から焼き栗」って感じだろうか。
ものすごいエネルギーが会陰周りに集中して、灼けつくように熱い。ヒリヒリと、皮膚の皮が伸びる感じだ。
わたしの場合、助産師さんが到着した時にはすでにたまの頭が見えていて、会陰の伸びはMAXに近かっただろう。
助産師さんが急いでラベンダーオイルでマッサージをしてくれたが、間に合わなかった、というのが実際だ。
切れた、と言っても、乾燥した日に大きな口を開けて笑って、唇の際がちょっと切れてしまった、というくらいのものだろう。

処置としては、クリップのようなもの(大きなホチキス状のもの。クレンメという)で会陰を留めた、ということらしい。
しかしわたしは、それを見ていない(おむつ生活のため)。
さすがに、排尿する時にはちょっぴりひきつれるような違和感があった。
さらに、悪露も出ていたので、トイレに行くたびに必ずビデで洗浄したので、ちょっとチクッとしたのも事実だ。
まあ、転んだ時のすり傷を腕に抱えたまま、お風呂で体を洗うのと同じくらいの程度だ。

産後6日目の自宅退院の日に、クレンメをはずした。
それまではどのみち、トイレと洗顔くらいにしか立つことがなかったが、除去後、嘘のように動きが軽やかになった。
さすがに「お股にクリップ」状では動きにくかったことは否めない。その瞬間から、「ひゃっほー! これが退院ー!!」と、まるでギブスをはずした時のような身軽さを感じたものだ(骨折をしたことも、ギプスをしたこともないけれど)。

じゃあ、傷は??
んー、ほとんどないんじゃないかなー。
というか、そもそも、自分の陰部をわざわざ鏡でじっくり眺めるようなことは、ほとんどしたことがないのです^^。。人生経験が足りずにすみません。。今度、参考までに調べてみます(でも、その前との比較のしようがありません)。

というわけで、会陰切開の傷とどちらが痛いのかはわからないものの、ちょっとくらい切れても、それほど痛くもないし、回復も早い、ということは、はっきりと言える。
ゆっくり時間をかけて産んだ自宅出産仲間たちは、そもそも切れていないだろうから、もっともっと産後が楽だったんじゃないだろうか。今度感想を聞いてみたい。



全身リニューアル

ハンドリガード
(ハンドリガードがマイブームだった日々も、すでに懐かしい…)

産後2日目は慌ただしく過ぎていった。
骨盤が3回目に揃って正座したのが昼。
純子先生からの電話で赤ちゃんの低体温の危険性を指摘され、必死になって部屋を暖め、体温を回復させた午後。
体温が安定し、ほっとしてようやく「たまき」と命名したのが夜。
夜中になったら立っても大丈夫、と言われ、ようやく立ち上がり、トイレに行ったのが日付が変わるころだった。

産後初めて立ち上がった時、あまりにもからだに力が入らず、足から崩れ落ちた。たった3日寝ていただけだというのに!
トイレは寝室から近いというのに、立って歩くことができず、トイレまで這って行き、壁をよじ登るようにして立ち、ようやく便を出すことができた。
お腹がすっきりして、さて、どれくらい自分のからだが変わったのか確かめてみたい、という気になった。
姿見の鏡がある場所まで、壁伝いにヨタヨタと歩き、服を脱いで鏡に自分のからだを映してみた。

……別人がここにいる!
そう思った。
お腹は少し皮がしわしわしていたものの、ウエストはしっかりくびれていた。余計な肉がそぎ落とされ、シャープな肉体がそこに映っていた。
バストはしっかり大きく張っていて、腰回りは細くしなやかに。何よりもまず目を見張ったのは、お尻が2回りは小さくなっていたことだ。
でか尻、もも尻、垂れ尻が長年のコンプレックスだったわたし。お尻が大きめなことには変わりはないが、明らかにアンバランスだった昔とは異なり、絶妙なバランスで女性らしい豊かな尻、という程度に納まっていた。

これが、野口整体の骨盤直しの成果なのか。
おむつの恥ずかしさなど、この肉体を得られるのであれば、大したことではない。
「やったほうがいいと思いますよ」
純子先生の夫・kazzさんの言葉を反芻し、やってよかった、と、しみじみと確認した。

そのまま体重計に乗り、二度驚いた。
高校時代の体重に戻っていたのだ。
妊娠中、純子先生の指導で始めたマクロビオティック。つわりの時に食欲がわかなかったこともあり、そのまま小食で来ていて、産前6週間は砂糖や果物、肉類、乳製品、卵をいっさい摂取しない生活を送っていた。
妊娠直前の体重から比較すると、つわりで2キロ痩せ、その後は4キロしか増加せず、トータルで増えた体重は2キロ。
そして出産で約7キロ体重が落ちたため、出産前より5キロも痩せたことになる。
つまり、妊娠中に余分な肉がそぎ落とされ、からだの中身が大きく変わっていた、ということだ。

ダイエットが成功すれば、それは体重は落ちるだろう。
しかし、今回は、ダイエットをしていたわけではない。お産のリスクを極力減らし、安産をするために、食生活を整え、運動をした成果と言える。
しかも、骨盤が最大に開いて、そして収縮するという、骨格そのものがダイナミックに変わる時を利用して、骨盤を生まれ変わらせることに成功したのだ。

体型のコンプレックスを総決算し、余計な肉を落とし、からだが軽くなったこのお産。
こうして得た新しいからだは、大切にしたい。心の底からそう思えるようになった。
そのために、妊娠期間中に得たからだのメンテナンス方法、ケア方法(骨盤回しや骨格調整、ぶらぶら体操、目と後頭部の温湿布など)を続け、毎日の生活に食を据え、このからだを維持していこう、と心に誓ったのだ。


骨盤がキューッと縮まっていく

たまの足
(足、大きくなったねえ。この日記の頃からは想像もつかないくらいに)

さて、おむつという最大の関門を乗り越えたわたしは、あとはただ安心して横になり続け、骨盤が収縮するのを待つのみになった。
出産後、胎盤が出てから8時間ごとに、骨盤が片方ずつ収縮していく。収縮している方の体温が高くなるのだ。両方の体温が揃う時が、骨盤が揃っている時である。
両脇の体温が3回目に揃った時に、初めて起き上がることができる。早い人で2日、遅い人だと一週間近くかかるという。初産の場合は、起き上がって後にまた寝て、翌朝から立っていいことになっていた。

最初の8時間目。体温が計っている時に、キューッと骨盤が閉まっていくのを感じた。後陣痛の痛みとは明らかに違う。音まで聞こえてくるかのような、ダイナミックな動きだった。
最初の検温にして、体温が揃っていた。2度目も奇跡的(?)に、5分の差で、揃っているという判定ができた。
「早ければ明日には起きられるかも!!」このころはまだ、産後の幸せの絶頂で、ハイテンションだった。

ところが翌日、3回目の計測では、両脇の体温が揃わなかった。起き上がれない、寝返りも打てない。我が子の顔を正面から見ることもできないストレスが、少しずつたまってきていた。
助産師さんの訪問検診で、義父母、夫、実母は大騒ぎ。彼らのテンションはまだ最高潮で、我が家で皆、忙しく立ち回っていた。
体温を測っている時も、隣りの部屋からけたたましい声が聞こえてきた。少なからずわたしは、イライラした。
体温計に誤差があるかもしれない、と気づいたのは、その時のことだ。水銀体温計を使う前にぬるま湯に浸し、誤差があればチェックして、それを考慮に入れて体温を測らねばならなかったのだ。当然、そんなことは失念していた。それに気づいて、非常に焦った。今までの計測が無になるのか? 骨盤直しはうまくいかないのか?? と、不安に陥ってしまったのだ。

水銀体温計は振らなければ、新しく体温を測ることはできない。寝たままで振り切れない自分は、義父をわざわざ携帯で別室から呼び出して、体温計を振ってもらっていた。
義父母が帰った後、実母に体温計を振ってもらった。しかし彼女は、とても不器用で非力な人だ。水銀が落ちきらない。わたしはまた、イライラした。

隣りで、赤ちゃんが泣き始めた。おむつを換えてほしいらしい。洋服も着替えさせなければならず、それを実母に頼んだ。
赤ちゃんは小さくて、用意してあった肌着はどれもブカブカ。洗い替えがなくて、仕方なく大きめの肌着を着せたが、それが合わなくて気持ち悪いらしく、彼女はとても不機嫌そうに泣いた。
泣き声に実母は焦り、ますます手際が悪くなっていた。母の額は汗でびっしょり濡れていた。
(後から考えると、その時、部屋は間接照明で暗くしていた。年をとった母にとっては、暗くて、非常に作業しづらい環境だっただろう)

モタモタする実母にいらついているうちに、次の検温時間を3分過ぎていた! 今回揃わなければ、明日起き上がるのは無理だ! わたしはだんだん焦っていた。
赤ちゃんにおっぱいを飲ませたいし、自分でお世話をしたい。そのためには早く起きたいと思っていた。
……しかし、そんなイライラとした状態で体温を測っても、揃っているはずもなく、結局翌朝起きられないことがわかったわたしは、ついに決壊した。
実母が悪いわけではないのに、泣きながら、実母を攻めたのだ(なんてことだ!)。

そんな精神状態だから、当然翌朝も体温が揃わず、少々凹み始めた時に助産師さんの訪問検診があった。
「初産の場合は、そんなにすぐには体温は揃いませんよ。でもこの調子なら、今日には揃うんじゃないかしら。明日には起き上がれますよ」と、言われた。少しぼーっとして、リラックスすれば揃いやすい、とのこと。

そうだね、少しイライラしていた。不眠不休で過ごしていた出産の疲れも出てきたころだった。
ここはひとまず余計なことは考えず、ただひたすら眠ろう。
そう決めて、携帯電話の電源をオフにし、夫とともにぐっすり昼寝した。何も考えず、カーテンを閉めきってはいたが明るく暖かい日差しを感じる気持ちのいい部屋で、すやすやと。

そしてすっきりと目が覚めて体温を測った時に、体温が揃った。ようやく、3回目だ。
わたしはからだを起こし、収縮しきった骨盤を固定するために、45分間正座をした。
今まで、10分と正座ができなかったのに、奇跡的に45分も座り続けることができたのだ。
自分の骨盤が、しっかりと縮まり、納まっていくのがわかった。
それを確認してもう一度横になり、深く眠った。

(……そして、携帯の電源を切っている間に、純子先生から何度も電話が入ることになったのだ。赤ちゃんは低体温で、綿密ケアが必要な状態になっていた

委ねる、ということ

寝顔
(人の気も知らず、すやすやと寝てやがる……)

さて、おむつ星人のわたくし。
ついに尿意を催してしまった。
しばらく躊躇していたが、そうそう我慢できるものでもない。
誰におむつを換えてもらうか、と計算し、せめて夫ならば……という気持ちで、夫の在宅時に排尿したいと思っていた。しかし彼も仕事人だ。わたしがおしっこしたい時に家にいるわけではない。
現に、その時夫は会社にいたのだ。

もう一つの選択肢として、紙おむつはしっかりした吸収力があるはずだから、夫が戻ってくるまで濡らしたまま待つ、ということも考えた。
ともかく、出してしまうほかない。一気にお尻全体が生暖かくなった。そして、重くなった。。
嗚呼、わたしもついに、おもらし星人になってしまった……。

そして、愕然とした。
やはり、濡れた紙おむつは最高に気持ちが悪い。生理や悪露の量とはまったく比べるべくもないほどの大量の水分が放出されたのだから。肌にふれる面がべたつく、というわけではない。さらっとしている、と言っても過言ではないくらい、水分の吸収体と繊維の放湿性能は優秀だった。
でも、ともかく気持ち悪いのだ。生暖かさと、重さが。これは耐えられない。すぐにでも換えてもらいたい!!

しかしその時わたしが頼れるのは、義母しかいなかった。。
夫のお母さんだよ!! 姑だよ!!! そんな人にわたしのおむつを換えてもらうのかって??? 下の世話を頼むのかって??????
……そんな葛藤も、不快感には勝てない。
義母にはあらかじめ、「出産後は開ききった骨盤を戻すために、数日間寝たきりでおむつ生活です。もしかしたら下の世話を頼むことになるかもしれません」とは伝えてあったけれども、その時は現実にやってきてしまったのだ。

清水の舞台から飛び降りる覚悟で、ていねいに依頼した。
「お義母さん、すみません。おしっこをしたので、おむつを換えていただけませんか?」
「あら、いいわよー」
義母は、「究極のあっけらかん」とでも言うべき、さっぱりした人だ。そして実に手際よく、ビデでわたしの陰部を流し、滅菌済みのコットンで拭き、極力腰回りを動かさないように、おむつを換えてくれた。
そういえば、彼女は、つい1年前まで、介護で毎日おむつを換えていたのだ。どおりでうまいはずだ。

……さっぱりした!!! 
最高に不快な状態から脱し、心身ともに安堵した。あー、気持ちいい!
なんだ、委ねてしまえばこんなに楽になるじゃないか!!

そう、わたしは、大人としてのプライドや、羞恥心のようなものにとらわれていたのだ。
結局お産は、非日常であり、産後のからだは「手術直後の重病人」くらいの状態なのだ。そんな時に、小さな見栄や意地で無理をすることは、有害無益以外の何ものでもない。
その後も、夫にも、実母にもそれぞれおむつ換えをお願いした。
「やっぱ、最近まで介護していたお義母さんがいちばん上手でしたー」なんて言うゆとりも出てきて、義母に対しても、実母に対しても、一皮むけたような、新たな関係が構築できた気がした。

「委ねる」
簡単なことのようで、意外と難しい。でも、一度それができてしまえば、何かが大きく変わるのだ。

それに気づいたら、今までかたくなだった自分の心が、とても柔軟になった気がしたのだ。
肩ひじ張って生きていたのが、肩の力が抜け、とても楽になった。

わたしがおむつ??

あられもない
(こいつじゃなくて)


お産という大仕事を終えたわたしは、からだを拭いてもらい、そのままおむつをあてられた。
これから数日間、トイレに立つことも、からだを起こして食事をすることも、寝返りも、基本的にできない。
ただひたすらぼーっと天井を眺め、時々横を向いては生まれたばかりの我が子の顔を見るだけ、という生活だ。

なぜ?
それは、出産によって開ききった骨盤を元に戻すため。いや、元に戻すというよりは、正しい位置に納め直すと言った方が適切か。
野口整体の「骨盤直し」である。

以下、『女性のからだの整体法―からだの悩みを解消する6つのテーマと四季のお手入れ』(野村奈央・著、七つ森書館)より抜粋する。

 * * *

 整体では、出産後の起き上がる時期を大切にしています。
 子どもを産んだお母さんの開ききった左右の骨盤は、片側ずつ閉じていきます。二日なり三日なりかけて、骨盤がきちんと閉じてから起き上がります。それまでは起きていけないのです。出産後ずっと横になったまま、閉じて整うのを待ちます。
 (中略)
 このような出産を行うと、産後にからだがおとろえるどころか、自然のリズムにそうようになり、腰は美しく反って充実し、お乳もたっぷり出ます。女性から見てもほれぼれするくらい美しくなるものです。
 (中略)
 体温が三回目にそろう前に起きてしまうと、左右の骨盤の閉まりがアンバランスで、骨盤がそこで固まって動かなくなってしまいます。
 それが原因で、太ってしまう人が多いうえ、栄養分の不足した母乳しか出なくなり、精神的に不安定になったり、腰痛、頭痛、痔を抱えてしまう人が多いのです。

 * * *

妊娠以前からこの本を読んでいたため、骨盤直しをしてみたい、という気持ちはあった。しかもバースハーモニーのお産では、この骨盤直しを行うという。願ったりかなったりだ。
なぜなら、わたしは思春期になったころからやたらとお尻が大きくて、アンバランスな体型で似合う服がなかなかない、というコンプレックスを持っていた。それが少しでも解消できるならば……という欲があった。

しかし、数日間、トイレにも立つことができない。おむつをしなければならない。誰かにおむつを換えてもらう=下の世話を人に委ねる、誰に委ねる?? 大の大人なのに、おむつを換えてもらうの??? そんな、現実的な計算が頭の中でぐるぐると回り、「誰かに下の世話をしてもらうくらいならば、別にいいや」くらいの気持ちになっていた。

純子先生の夫は、「おむつに抵抗がある人は多いようですが、それでもやった人は、如実に体型が変わる。ぜひ、やったほうがいいですよ」とおっしゃった。それが決め手となった。
(でも、おむつを買うのは、産婦人科検診で自宅出産のゴーサインが出てからでいいや、と思っていた。そうしたら、準備する前にお産になってしまったので、おむつの用意ができていなかった。結局、助産師さんが助産院までおむつを取りに行く羽目に。迷惑をかけてしまった^^; しかも、おむつ姿に便利なネグリジェも用意できず、おむつの上にバスタオルを巻くという、何とも変な格好に……)

果たしてわたしはおむつ姿になった。
もう、出産で股を全開したんだ! そこから赤ちゃんを産み落としたんだ!! おむつなんて怖くないぞー!!! と開き直ってはみたものの、どうも落ち着かない。
でっかい紙が下半身を包んでいる違和感、悪露(子宮内膜や胎盤組織などがはがれ落ちてくる)が出ているから、生理の時のような気持ち悪さ。
しかし、おむつを換えてもらうにしても、回数は極力少ないほうがいい。だから、尿意も便意もなるべく催さない方がいい、などと思い、水分摂取も控えよう、くらいの気持ちでいた。

しかし、生理的欲求はごまかすことはできない。さすがに、出産した日の昼過ぎには尿意を催してしまった。ああ、どうしようか……。








プロフィール

キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)

Author:キタハラマドカ(おでこが広いからtecoちゃんがニックネームでした)
団地暮らしと酵母生活の達人目指す、フリーのライター・編集者。仕事は、生きることそのもの。水環境ジャーナリストを師匠に、鬼校閲者を友に、チーム仕事も繁盛中でございます。
ウエダ家とともにCOBOの普及活動に勤しむ、日本初のCOBOライターでもあります。
得意分野は、食環境、住環境、地球環境。地球温暖化や食の安全・安心、エコハウス関連の仕事が多い今日このごろ。仕事の内容についてはカテゴリ【work】をご参照ください。
夫と愉快な仲間たちがやっているNPO法人【Waveよこはま】のブログにてエココラムを執筆中。
このブログはのんびり気ままに更新中。

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野生の菌とともにある暮らしを見つめ、「発酵」を身近にすることでいのちの循環を感じる「酵母生活」を提案するウエダ家。本の執筆や編集をともに行うなかで、日本の食卓をクリエイティブにする楽しさ、可能性に夢中で活動しています。
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☆キタハラ、2009年1月に出産いたしました☆ニンプ日記は未完のまま産後生活に突入。ぼちぼち、育児日記出産ドキュメント布おむつ生活産後の体のこと姿勢のことなどを書きつづっています。
相変わらず時系列はぐちゃぐちゃ。しかし、テーマごとに思考を詰め、まとめる作業は苦しくも、おもしろくあります。気長に見守っていてください。
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